今回は、このクライマックス一か所のみについて物申します。この箇所、本文では、
とあり、まず金時計が砕かれたことを確認しなくてはならないでしょう。それすなわち「突き放される」ってことじゃないかという意見はあるとして、具体を見て抽象を読むということを今回はやってみたいと思うんですね。つまり「突き放される」ってあるのを「両手を素早く前に突き出して藤尾の胸を強く押した」と読んじゃいけないということです。
で、いよいよ「藤尾は毒をあおって自死した」なんですが、ここに物申したいんです。夏目漱石という人は今でも大人気でいくつもの出版社から主要な作品が文庫本で売られているものですから、何人もの「解説」を読むことが出来ます。そうすると小森陽一さんがただ一人「漱石に殺された」と書いているだけで、その他の人はみな「自殺」「毒薬を飲んで自殺」と書いているのを誰でも簡単に確認できるんですね。大きな本屋さんに行けば小一時間で確認できますよ。みなさんやってみてください。石原千秋さんしても『激読! 漱石』で自殺説を取ります。しかし本文はこうです。
確かにここには「毒」の文字があります。しかしその前に「虚栄」の文字があります。「虚栄」の文字は作中二度現れます。もう一つは「虚栄の市」です。「虚栄の市」とは何でしょうか? 中国人の虚栄さんが経営するスーパーマーケットでしょうか? 違いますね。
さて、藤尾は自分の股を錐で刺したのでしょうか? それで失血多量で死んだ? いえいえ、これは「抽象的な表現」ですよね。虚栄の市で虚栄の毒が売られている訳ではありません。つまり「藤尾は毒をあおって自死した」という解釈は「抽象的な表現」を「具体的な表現」と取り違えた読み誤りということなります。
理屈を言えば我の女がしおらしく自殺などするわけはありません。倒れてから毒を用意する手はずが解りません。あらかじめ毒を用意する理由がありません。大森に行く予定もありました。
また夏目漱石自身がこのクライマックスの部分に関して「二つか三つのものが合わさって爆発する」と談話で説明しています。ここは正確に引用しましょうか。
金時計とともに藤尾のプライドが砕け散り、文字通り「憤死した」というのが正解ではないでしょうか。
何故か「俺様の知らないことなどあり得ない」みたいな人がいるようですが、そんなことはないですからね。それ知ったかぶりですから。