こば
博士課程へ行く気マンマンだったM2の10月、色々あって博士課程への自信、やる気、希望、その他諸々を失った。 博士へ進むもんだと思っていたから当然就活はしていなかった。 結果的に精神を病み、休学を決意。 進学か就職か、自分の気持ちを整理するため、そして「こんなこともあったな」と将来笑って見返せるよう、日々を綴っていく。
自分の自己紹介に関連する記事をまとめてあります。
何本か記事を書いてしまっていたが、自己紹介をしていなかったので、今更ながら。 経歴などは随時更新していきます。 ついでにここで言っておきますが、私の記事はタイトルに関する話から始まり、そこからどんどん脱線しがちです。 ご了承のほどよろしくです。 経歴 (具体的なことは伏せます)幼少期〜中学時代 1999年5月、ある地方都市に生まれる。 男性です。 地元にはとても愛着があり、いずれは地元に戻りたいと思っている。 たぶん、地図アプリとかを見なくても好きなところに行けるのが、
今日は、ランダムウォークのコーディングをした。 壁の処理はトーラス条件にしたのだが、図示する時に軌跡が縦横無尽に入るのが気持ち悪かったので、そこをこだわってみることにした。 結局のところ、上手くいかなかずにずっとデバックし続け、明日に持ち越しになった。 本当は何個もの点を一斉に動かしてみたいんだけど、まだしばらく先になるな。 昨日、就活サイトを開いてみると、企業からスカウトが来ていた。 これまでにも何社からかスカウトをもらったことはあったが、メッセージのテンプレ感と、ちゃん
お陰様で最近は落ち着いて、負担なく日々を過ごしている。 林長先生に言われてから、もっと自由研究みたく色々ものを見てみようと思うようになった。 そんなナチュラル・ヒストリー的な研究に僕の数理の視点は、強力な武器になるらしい。 ここ1ヶ月くらいは、就職しようという心持ちである。 でも、博士に行きたい気持ちとの波の周期が伸びただけのようにも思う。 でも、しばらくは自分のときめきに適うアカデミック(?)な活動をしていこうと思う。 「ときめきに適う」は別にアカデミックな活動に限らなく
昨晩、林長先生とお話しさせていただいた。 彼はいつも通り缶ビール片手であった。 どんなことを言われるのかと思っていたが、基本的には僕の意見を支持してくれた。 彼は一度就職したのち、職場の環境にウンザリして院進したんだとか。 もともと、学部生の頃は自分は院に行くようなタマじゃないと思っていたそうだ。 側から見たら信じられない。 学振がきっかけで色々思い悩んだだろうけど、学振の評価なんか気にするなとのことだった。 でも、僕の悩みがそこにないことも理解していた。 曰く、今の時代
今日も今日とて昼前にのそのそとベッドから出た。 遅めの朝ごはん兼早めのお昼として、最近はお昼頃に多めの1食を摂っている。 そしてお昼過ぎにのんびりと研究室に行き、徒然なる日々を過ごすだけである。 今日は気が向いたので30分くらいキャンパスの付近を散歩してた。 運動不足がもろに祟り、足が棒のようである。 お昼頃に、以前心配してくれた林長先生からメールが来ていた。 本当にお忙しかったのだろう、以前の返信から1ヶ月以上が過ぎて、ようやくのやりとりだった。 唐突ではあったが、今晩話
今日は初めて一次面接を受けた。 最初、就活エージェントさんに求人票を見せられたときは、まあ一応出してみよかくらいの気持ちだった。 エージェント経由だからか、ほぼいきなり一次面接となった。 一応面接前にHPをみたり、説明会に参加して相手の情報を収集した。 なかなか悪くないじゃないか、といった感じ。 ここなら妥協よりも上の感情で就職できそうと思った。 カジュアルな面接ですと事前に伺っていたので、変に気を揉むこともなく、お話しするくらいの気持ちでできたと思う。 色々聞かれはしたが
今日は研究室のゼミだった。 メンバーが固定されているので、もちろんみんないつもの席みたいなものがある程度固まっている。 僕はいつも真ん中の一番後ろの席に座っている。 この前、3年生の配属先の研究室が決まった。 男子5人、女子1人という組成である。 まあ毎年だいたいこんなもんである。 今日は通路を挟んで隣の席にその配属された3年生が2人座っていた。 ゼミの休憩のとき、隣の3年生の女の子に声をかけた。 配属決定時にみんなの前で自己紹介などしていたが、緊張で萎縮していた印象だっ
今はこうだと思っていても、後になってやっぱり違ったと思うことはよくある。 でも、今日思ったことはずっとそうだと思えそう。 僕は研究というよりも、勉強が好きなのではないか。 もちろん、研究において勉強は必要不可欠だし、自分の研究の幅を広げる有益な行為だと思っている。 しかし、純粋に研究と勉強を比べた時、僕は勉強が好きだと思うに至った。 そして同時に、自分は研究者に向いてないと思うにも至った。 何かを体系的に学習して、それを通じて世界のなにかを理解したこと、自分がレベルアップ
最近、研究室に遅くまで残る理由が極端に無くなってしまったし、居てもやることがないので、早く帰っている。 そうなると、プレミア12 を観てしまうのである。 とりあえず韓国戦と台湾戦は観た。 今年はラジオ中継やニュースなどもそんなにきちんと観ていなかったこともあったが、森下がこんなに頼れる打者になったとは。 敵軍の若手ホープとはいえ、あっぱれという感じである。 昨年の WBC をきっかけにメジャーにも興味を持つようになった。 まだまだにわかなので、有名な選手しか知らない。 やっ
なんとなく気になるネタを思いついたので、ちょっくら立式して解析してみた。 やや直感に反する結果が出てきたが、おそらく系をシンプルにし過ぎたためだろう。 ただ、せっかくなので、ネガティブな考察よりは、前向きな考察を、と思っている。 まあ、世界中の誰かがとっくにやっていそうなネタではあるし、なかったとして、だからなんだ感は強い。 なんとなく数学的にちょうどいい複雑さの問題になりそうだったから、やってみただけのことで、趣味より先へ発展させるつもりはない。 しかし、なんだか久しぶり
最近の生活といえば、朝は9時〜10時ごろにのそのそと起床し、 昼過ぎまで、だらだらゲームしたり、YouTube見たり、朝ごはん食べたりして、 2時前後にふらっと研究室に行っては、特に何もしないで帰るという日々。 別に何もしていないわけではないが、嫌でもない。 このところは、やりたいことも特にはないけど、やりたくないことも降りかかってこない、なんでもない日々を過ごしている。 よく言えば、研究に邁進していた頃の日常に近づきつつある。 しかし、やりたい・やってみようと心底思えるこ
この note を始めてから、1ヶ月が経ったらしい。 確かに、最初の記事の日付は10月14日となっている。 あの時と思えば、心のどうしようもなさは、いくぶんか解消されたかもしれない。 なんとなくではあるが、義務感で毎日1記事書くことを習慣にしてきた。 心がザワザワしていた頃は、1日に3本くらい書くこともあったが、今は義務感で書く1本にとどまっている。 心がドン底のころ、共同研究を依頼したポスドクの方に相談したときに、 「毎日早起きして、きちんと3食摂り、小綺麗な格好をして出
10月から研究室に留学生が来た。 上海の大学からやってきた、いかにも生真面目そうで、裕福に暮らしてきたのだろうとうかがい知れる感じの学生である。 彼は、日本語のリスニングはほとんど完璧にこなしている。 たまに知らない単語や言い回しがあると、「なにそれ?どういう意味?」と聞いてくる。 しかし、スピーキングはかなり苦戦しており、より自信のある英語 (?) で話しかけてくる。 僕は、英語はそこそこわかるし話せるが、留学生の彼は日本語を覚えた方がいいという指導教員の方針もあり、あえて
この3日ほど、吐き気に悩まされることがなくなった。 心因性の嘔気は、だいたい心を鎮めるようにすればなんとかなるらしい。 ネットの記事でそれを知ってから、深呼吸するようにした。 もちろん、効かなかった場合の備えは万全にしてある。 さて、振り返るとこのところ、体調が悪かったとはいえ、とてもだらしない生活を送っていた。 朝9時〜10時ごろに起床するが、ずっとダラダラし続け、家を出るのは午後2時ごろ。 特段、何をしていたわけでもない。 YouTubeを見つつ、クソゲーをしながら、朝
先日、乃木坂の 37th シングル「歩道橋」が解禁された。 センターは僕の一推しの遠藤さくらちゃん。 発表の形式がここにはないものときと似通っていることから、僕もさくちゃんの卒業発表があるのではとビクビクしていたが、取り越し苦労のようだ。 歌詞がなんとなく今の自分をかすっていく。 まあ、自分の歩もうとしていた道に懐疑心を抱いているのは間違いない。 通りの反対側に何が待つのか、 そういえばそんなことあまり真剣に考えてなかったかもしれない。 見えないながらも、今に狂うことで、期
中長期的にありたい像・姿が固まってきた。 仕事とプライベートの両方に充実感をもちつつ、食いっぱぐれず、平凡ながらも幸せに暮らすこと。 しかし、短期的にどうしたいかがわからない。 短期的にどうすればいいかは、ある程度見当がついている。 就活をそれなりにやっておくこと。 やっぱ博士行こうと思ったときのために、研究に触れておくこと。 しかし、これは短期的な願望ではない。 今や、必ずしもやりたいことをやっているわけではなくなってしまった。 万全ではないメンタルで、今を犠牲にしている