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身の程知らずの波

お恥ずかしい話なのですが、私には「身の程知らず」ということばがピッタリはまる時期が、定期的にやってきます。
いま振り返ると、鬱からの反動でやってきた躁状態だったと思うのだけれどね。
と、冷静にみられるようになったのは、つい最近のこと。
それまで長いこと、自分自身の中にある波に振り回されてきました。

大学時代は教育学部の音楽科に在籍していたのですが、当時は声楽を学んでおりました。
で、ひどく落ち込んだ時期を過ごしていたわけです。
だって、全然うまくなかったから。

でも、もしかしたらみんなが気が付いていないような、すごい能力があるのかもしれない!
あたしだってプロになれちゃうかもなんだよ!

と、根拠のない夢を見たりしました。
(お恥ずかしい)

いやいや、すごい人って、誰がどう聞いてもすごいんだって。
と、今なら理解できるのです。やはり当時は何かおかしかったとしか言いようがありません。

結局のところ、紆余曲折を経て、その夢は20代という時代に置き去りにしてきました。
でも、それでよかった。
続くわけがありませんでしたから。

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最近は「写真で稼いでやるぅ!」と意気込んでおりました。

いやいやいや、ちょっとお待ち。
そんな、急にうまくいくはずなんてないから。
自分の写真のレベルなど、たかが知れている。

冷静に考えたらよくわかるんです。
たぶんこれも鬱の反動だったとは思うんですが、冷静に考えれば考えるほど、本当にお恥ずかしいかぎり。

身の程知らず、ということばが、こんなにしっくりくることってあるだろうか。
こういう飛躍した夢を抱いた後、冷静になる期間がやってくると、こんな風にフラットな目で自分自身を見ることができますが、落ち着けば落ち着くほど、大きな夢を見すぎる自分が恥ずかしくなって、穴を掘りまくってどんどんもぐって地中に消え入りたくなります。

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いま、自分の気分の波は、鬱寄りだけれど、まぁ平穏に近い感じ。
で、のんびりと休養の日々を送っているのですが、その中で「楽しいなぁ」と思うことは、例えば散歩することだったり、ごはんを作ることだったり、外の風を感じることだったり。
すっごく小さいことなんです。
大きな夢に喜びを見出そうとしなくても、小さな楽しいことが重なれば、毎日は十分に私を満足させてくれる。

そんなこと、賢い人たちはきっと、知っているんだろうけれど。
波の中にいると見えなくなるので、自分のために文章にしておきました。笑

今朝はゆでたまごがツルンっと剥けて非常に気分よくスタートできました。
これから豚ちゃんと一緒に煮汁の中でしみしみにしてやります。笑
こういう楽しみ、大事に大事にしていこうと思います。

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何か楽しいことに使わせていただきます!