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チェンソン②
第一章 嫉妬
キー
「えっ、、、、、鍵どこやったっけ、、、、、」
これから上司となる方の話を聞きながら、僕は1人心の中で焦っていた。当時は3月中旬。桜の季節を迎え過ごしやすい気温とは裏腹に、体中には冷や汗が大量に流れていた。
この日はアルバイトの入社式。僕は大学を休学して福岡から上京し、そのアルバイトを始めた。このお仕事は僕にとって、小さい頃からの憧れの職業だった。
その会社はアルバイトの方々に、しっかりとした教育をすることで有名である。何度かアルバイトを経験してきたが、入社式は初めての経験だった。
入社式が終わり、数名のグループに分かれ小教室に移動した。そこでは人事部の方と一緒に、配属先と研修実施日の再確認が行われる。僕はその教室で、再確認の順番を待っていた。
すると隣の男性が話しかけてきた。彼は健康的な肌の色をしていて、顔は維という僕の友達に似ていた。今は彼のことを維と呼ぼう。
維「あっすみません。もしかして同じ配属先ですか?」
そう言うと維は、僕が持っているA4ほどの紙に目をやった。僕も続けと、彼の紙に目をやった。今考えると、お互いの行為は非常に失礼である。了承をしていないのにも関わらず、相手の個人情報を確認しようとしたのだ。しかし当時は何も気にならなかった。そう考えると、この時からお互いに、目に見えないもので信頼し合っていたのかもしれない。
目で見るに配属先は同じであった。そこから会話は盛り上がった。
維「もしかして野球やってました?」
僕「えっ、やってました!もしかしてやってました?」
維「やっぱり(笑)髪型とか雰囲気でそうかな~って。僕もやってましたよ!」
僕「バレてましたか(笑)球団は、どこが好きなんですか?」
実はこの入社式で、僕たちは人事部の方に注意されている。なぜなら同期を見つけた安堵感にかられ、会話が盛り上がりすぎたからだ。怒られた後は、小声で話していた。その時、お互いがこの仕事のために関東に来たことを知ると、再度盛り上がってしまった。維は高校を卒業後、上京していたのだ。
1日のスケジュールが終わり、僕たちは一緒に歩いて帰ることになった。帰り道で、僕は打ち明けた。
「実は今、家の鍵が見つからんの(笑)」
この時はもう開き直っていたため、自然と笑みがこぼれていた。
維「まじか!でもこの状況で、これだけ良い表情をしている人には初めて会ったよ(笑)」
そうやって他愛もない話すること15分、僕の家へと続く、最後の曲がり角に差し掛かる。その角を右折し、数歩行くと僕の住むアパートに到着した。
玄関の前に行くと、銀色に光るものが刺さっている。そう、それは紛れもなく迷子になっていた鍵だ。田舎暮らしで鍵を閉める習慣がなく、初の不慣れな独り暮らしということで、鍵を抜かず外出していた。
鍵を見つけ、何かのプレゼントを貰ったように喜ぶ僕。その光景を隣で見ながら、維は言った。
「よくその状態で入社式出れたね!俺やったら、会社を一刻も早く飛び出してるよ!」
その直後、僕たちは玄関前で大笑いした。初めて小島よしおをテレビで見つけ、大笑いしている感覚と似ていた。今考えても、笑いのツボがどこにあったのか分からない。しかしそんな事は関係ない。その瞬間は、紛れもなく幸福感で満ちていた。
ひょんな事がキーとなり始まった、同期との2年間。今後、これだけ玄関先で笑い合える出来事には、絶対に出会えないであろう。