『遠野物語』に棲むオオカミの幻影
霊力を帯びるとされる
おぞましき「御犬」の姿
「猿の経立、御犬の経立は恐ろしきものなり。御犬とは狼のことなり。〜(略)〜御犬のうなる声ほど物凄く恐ろしきものはなし」。これは明治43年に出版された『遠野物語』に収録されている話から抜粋した記述です。本書は民俗学者・柳田国男が岩手県の遠野の地を訪れ、同地で収集した天狗やカッパといった奇奇怪々な話をまとめたものです。
記述にある経立(ふつたち)とは、年を経た存在を指すそうで、昔はサルやオオカミといった生き物が老齢になると、特別な姿に化けたり霊力を得たりすると考えられていました。このほかにも、本書にはオオカミが登場する話がいくつも紹介されており、大きなシカの横腹を破いて食べたり、男の腕の骨をかみ砕いたりと、おぞましい姿が描かれています。
柳田国男の描写は
どこまで正しいか
日本のオオカミは、充分な研究がされないまま絶滅してしまいました。絶滅の理由は、江戸時代に牛馬を襲う、狂犬病に感染した個体が人里に出るなどで危険視され、藩からオオカミ退治を推奨されたからです。
現在日本に生息していたオオカミは剥製や標本でしかみることができず、研究も不十分な状況です。なので、日本にいたオオカミがどういった生き物だったのか、という疑問は、あくまで説の範囲内で語られます。
それでは、『遠野物語』で語られているオオカミは、どこまでその説と合っているのでしょうか。2点の記述から考えたいと思います。
『遠野物語』のある話には、「草の長さ三寸あれば狼は身を隠すといえり」という記述があります。三寸といえば約9cm。日本にかつて生息していたオオカミはニホンオオカミとエゾオオカミに分かれますが、前者は日本本土に生息、後者は北海道にいたオオカミです。舞台が岩手県の遠野なので、作中のオオカミはニホンオオカミでしょう。その体高は56〜58cmだったそうで、エゾオオカミ(70〜80cm)より小型とはいえ、9cmの草陰に身を隠せるとは考えにくいです。
ただ、「草木の色の移りに行くに連れて、狼の毛の色も季節ごとに変りて行くものなり」と記述は続くので、季節に応じて毛の色が変わるのであれば、その身を隠すことは可能かと思われます。
また別の話では「二、三百ばかりの狼追い来たり、その足音もどよむばかり」とあり、200〜300頭ものオオカミが、山もゆれ動くほどの足音で迫ってきたと書かれています。ですが、他国で確認されているオオカミのパック(群れ)は、家族中心で4〜16頭ほど。大きい規模のものでも37頭なので、3桁規模の群れを形成できたかどうか疑問に思います。
しかし、ほんとうに300頭ものオオカミが群がって迫ってきたとすれば、その迫力は計り知れないものでしょう。ほんとうに「御犬の経立」がその霊力を使い、大群の幻影をみせて人々を脅かしたのかもしれません。
捕食することによって
シカ類の個体数を抑制
現在、岩手県の遠野ではシカによる農業被害が深刻化しています。2022年度の鳥獣による農作物被害は約1億1500万円とされ、そのうちニホンジカによるものは9割超の1億500万円にも及ぶと報告されています。
オオカミはその捕食圧で、シカなどの個体数を抑制する役割があると考えられています。そのオオカミがいなくなった遠野では現在、捕獲されたニホンジカを有効に食利用しようと食肉加工施設が新設されるなどされています。
もし、今でもオオカミが日本で絶滅していなかったら、私たちと自然とのかかわりはここまで逼迫したものだったでしょうか。それとも、やはり感染症問題や獣害被害で、また別の逼迫があったのでしょうか。人は過去に戻れないからこそ、私たちは今ある自然をたいせつにして、今課せられた課題に立ち向かうしかできないのだと、オオカミの歴史から学んだ気がします。
参考文献
・柳田国男『遠野物語』集英社文庫2010年 第14刷
・朝倉裕(著)ささきみえこ(絵)『オオカミと森の教科書』雷鳥社 2014年
・遠野でシカ加工施設スタート 原発事故乗り越え… 岩手県内2例目 読売新聞2024年5月14日