見出し画像

『THE FIRST SLAM DUNK』感想① KnockToon社長の独り言


© I.T.PLANNING,INC. © 2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners


※Twitterスペースの書き起こしを元にしています。

本日は映画『THE FIRST SLAM DUNK』を観賞してきたので作品についてお話ししようと思います。実は今回が1回目で全て吉祥寺アップリンクという映画館で鑑賞しました。公開は12月3日でそれから2ヶ月ぐらい経ってますが、おそらくこの勢いだと『すずめの戸締まり』を抜いて興行収入で1位になるのではないでしょうか。

最初の製作発表の段階では声優交代やCGについて色々言われてましたね。僕はテレビ朝日系列で放映していたアニメ版『SLAM DUNK』は未視聴だったんです。というのは当時住んでいた田舎では放映されていなかったという、そのままの理由なんですけども……。

『SLAM DUNK』はジャンプ黄金期の漫画で人気を得てからのTVアニメ化でしたが、井上雄彦先生は劇画調の絵ですからアニメで再現するのは難しいと当時から思っていました。その前には『北斗の拳』アニメ作品もありましたが、原作の絵を再現するのはやはり難易度が高かったんじゃないかと思います。『SLAM DUNK』はその流れを継ぐ劇画系の作品でしたから。劇画系の作品の中でも『シティーハンター』のアニメ化は成功例なのかなという気はします。

今回の映画化で一番凄いなと思ったのが井上先生ご自身で監督を務めるという事ですね。手塚治虫先生をはじめ漫画家さんでアニメの監督する方は何名かいらっしゃいます。大友克洋先生とか、本当に数名しかいないと思いますが。宮崎駿さんも漫画描かれてますけど、元々アニメーターの方なので逆パターンですね。『SLAM DUNK』は井上先生にとっても代表作だし、それをご自身で劇場アニメにするっていうのは新しい挑戦なので、たとえ前評判があまり芳しくなかったとしてもそれは自分にとってはどうでも良い。原作者本人がチャレンジするという事自体凄い事なので、この映画に関しては単純に応援しようと思ってました。

KnockToon社長・手塚によるファンアート


少しさかのぼって漫画のお話ししますと……。井上雄彦先生は現在56歳で僕の10歳上です。デビュー作が週刊少年ジャンプに掲載された『楓パープル』という読み切りで、この主人公が流川楓の原型になっているんですが、この作品が手塚賞の入選を獲ったんです。新人漫画賞の中でもっとも難しい賞です。特にこの時代のジャンプは一番人気があって黄金期と呼ばれていた時代で部数も500~600万部出ていて、手塚賞は新人登竜門の中でも一番難易度が高かったです。それから30数年たった今でも入選はそう簡単には受賞出来ないです。
 
それを華々しく入選を獲ってデビューされたのが井上先生でした。『楓パープル』の手塚賞入選が1988年、僕がジャンプでホップ☆ステップ賞を獲ってデビューさせてもらったのが1991年とWikipediaに書いてありましたが、なんと漫画家としてのキャリアは3年違うだけなんですよ……。ビビりましたね正直。当時僕は15歳だったので井上先生はもう少し年上の時に受賞されたんだと思います。自分が読者としてジャンプを読んでいた時期と被ってたので新人でこんなに上手くて凄い人がいるんだな、という視点で井上先生を見てました。当時一番の賞を獲ったら通常読み切りを1回ぐらいやって人気が出たら連載開始っていうのが今のパターンかなと思うんですが、その後『シティーハンター』の北条司先生のところで10ヶ月間アシスタントをするという修業期間を持たれてその後に連載を確約されていたそうなんです。当時僕はとある編集者さんからこの話を聞いてたんですが、改めてWikipediaで確認してみると実際その通りだったのかもしれません。

その修行期間を経て、ジャンプで『カメレオンジェイル』が始まるんですが、その作品自体は割と早めに終わっちゃうんですよね。その後に『赤が好き』という読み切りが発表されます。これは桜木花道が主人公でジャンプ増刊号で描かれてました。今でも凄く覚えてるんですが予告カットがジャンプ本誌に掲載されていて、花道が学ランで学校の廊下を歩いていて背中に「こいつバカ」みたいな事が書いてあるいたずら書きが張られている絵で「なにコレ?」みたいな顔で振り向いてるっていう桜木のカットを見てめちゃくちゃかっこいいなって思って、これは絶対見なきゃいけないなと増刊号を買って何度も繰り返し読みました。『赤が好き』の作品の内容はバスケはしてなくて基本的に不良漫画でしたが、作中に花道の他に春子さんも登場していました。この読み切りが人気が出たので『SLAM DUNK』の連載に繋がったという流れです。

(c)井上雄彦/集英社


ファンの方は既にご存じだと思うんですけど『SLAM DUNK』って最初不良モノで、ラブコメやギャグ要素なんかもあったりして、バスケ以外の要素も色々詰め込んで人気になったものを伸ばしていこうっていう戦略だった様です。最初に不良的な要素が人気になってしばらくは喧嘩してましたよね。宮城や三井というキャラクターが出て来て「安西先生バスケがしたいです」っていうエピソードで人気に火がついて初めてアンケートで一位を取ったというインタビューをNHKで観ました。それでストーリーの主軸としてバスケをやるという方針に切り替えたという話という事です。そこから『SLAM DUNK』がバスケ漫画として本格初スタートしたのかなという気はします。

僕個人の話をしますと、井上先生の連載と自分がジャンプで新人として活動していた時期が若干被っていて、漫画制作の段階で他の人の制作情報を遮断してたので『SLAM DUNK』を当時は読んでなかったんです。今考えるとジャンプで連載しようという人間が掲載する雑誌を読んでないってめちゃくちゃ失礼だなって思うんですけども、当時の僕はそうしないと自分の漫画が描けなかった。なので『SLAM DUNK』の後半戦はリアルタイムでは読んでいませんでした。
 
その後『SLAM DUNK』の連載が突然終わったという話を何処からか聞いていたくらいで。1995年に『ドラゴンボール』の連載が終わって次のジャンプの柱は『SLAM DUNK』になりました。それまでのジャンプにはいろんな漫画がありましたけど、基本的にファンタジー作品がジャンプを引っ張ってきたと思います。『ドラゴンボール』や『キン肉マン』がそうだし『聖闘士星矢』もそういう作品ですね。その中で『SLAM DUNK』は凄く劇画的でリアルなスポーツ漫画。だからジャンプの色が変わるんじゃないかなってその時は思っていました。ところが96年に『SLAM DUNK』も連載終了して、その後「るろうに剣心」が新しい柱になってくるんですけど、女性に凄く人気の出た作品でどんどん読者も変わっていってる様に感じました。『SLAM DUNK』はジャンプの作風も読者層も色々変わっていったという転換期の作品の一つという見方も出来るかもしれません。

僕自身はその『SLAM DUNK』の後半をちゃんと読んだのは連載終了後の暫く後でした。知り合いの漫画家さんに『SLAM DUNK』が好きな先生がいて、その方の家に行ったら単行本が置いてあったので読んでみたら自分の読んでいた初期の絵柄と随分違っていたし凄く絵が上手くて驚きました。

僕もジャンプで週刊連載させていただいたんですがすぐ終わっちゃったんです。何が一番原因かっていうと、自分は絵を描くのが物凄く遅いんです。連載する前からなんとなく自覚していたんですが、やっぱり描くのが遅いと週刊連載って出来ないんです。1週間ってすぐ終わっちゃう。お話を考えて絵も描かなきゃいけない、しかも慣れないペン入れの作業まである。お話が考えつかないなーってボケっとしてたらすぐ時間が経ってしまう。7日間のライフポイントがひとつ無くなっちゃってあと6つしかない!ってそんな感じでした。
 
基本的にもの凄く描くのが早くないと週刊連載は無理というのがまず第一条件としてあります。これは噂ですけども、井上先生は週2回休んでたって話を聞いたことがありました。つまり5日間で『SLAM DUNK』を描いてたって事ですね。こういう都市伝説めいた話はたまにあります。週2はきちんと休みます、といったサラリーマンみたいな生活をしている漫画家先生の話、本当かどうか分からないですけども。だとしたら『SLAM DUNK』のこのクオリティ……山王戦とかもそうなんですけど、凄まじい描き込みと熱量で、これを週刊のペースで描くのは自分には無理だなと思いました。もちろん井上先生の画力はもの凄く上がっているから、今見ても『SLAM DUNK』は上手いんですけども、やっぱり今と比べたら成長過程かなと思うところもあるかなと思うんです。ただ逆にそれが今観ると凄くいいなと感じる部分があって『SLAM DUNK』を描かれた時の井上先生は若くておそらく20代なので凄く作画に勢いがありますね。2本目の作品ですけども長期連載は初めてで、特に後半戦となってくると人気も出てるでしょうし、先生が描く漫画に対してのファンからのレスポンスがあって、それを受けて先生も応える、という良い循環が生まれてライブ感のある画面構成になってるんですよね。これって若いときにしかできない作画だったり勢いだったりすると思います。だからこそ『SLAM DUNK』の特に山王戦が今でも熱量を持っているというのはそういう事なんじゃないかと思います。その後『リアル』や『バガボンド』などを描かれますけども、その辺も含めて今回お話できればいいかなと思います。

(c)井上雄彦/集英社


映画の2回目を観終わった後に『リソース(THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE)』という副読本を遅まきながら読んだんですけど、なんと買おうと思ったら既に家にあったんです。ジャンプの増刊号(『SLAM DUNK』ジャンプもありました。何故かというとウチの嫁(手塚るみ子)がジャンプの編集部の方に送ってもらってたんですよ。まさかの展開で驚きました。この『リソース』がめちゃくちゃ良かったですね。の井上先生のロングインタビューが載ってますし、絵コンテ的なものやイメージボードも掲載されていました。映画を観られた方は分かるかなと思いますが、CGとはいえ井上先生の絵がそのまま動いている感じがしましたが、その事についてもしっかり掘り下げられていました。映画を観た時にはCGでこれだけ原作の絵を表現できるなら井上先生が今後漫画で絵を描く必要もなくて、CGから絵を切り取ってネームにペタペタ貼れば量産できるし絶対売れるしそれで良いのでは?みたいな感じだったんですけど(もちろんそんな事ははされないと思います)。 でもこの副読本を読むとCGについてどうもそんな単純な話でもないぞという事が分かりました。

1回目の鑑賞は初見だったので絵的や動き的な部分やドラマ的な部分も含めて吃驚する事が多くて物語についていくのもやっとという感じの見方をしてました。それでもこれは凄い!という試合のシーンはありましたし、2回目はポイントが分かっているのでそこを重点的に観る事ができました。

井上先生の絵って凄く難しいんですよ。一見写実的なんですけど、もちろん写真そのままじゃなく特徴があるわけです。例えば分かりやすいところで言うと、特に子供の描き方がわりと特徴的なんです。初期のアバンタイトルで幼少時代のリョータの顔を斜めに見たアングルありますよね。そういう顔に井上先生の特徴が出るんです。目と鼻は大人と共通なんですけど、その鼻の下の線を描くんですよ。これは絵を描く人だったら分かるかもしれない。鼻の下をぴゅっと描くのは珍しいんです。でも井上先生はそれをあえて描く。それが特徴のひとつ。後はアゴのラインですね。子供だとアゴのラインは大人に比べると当然ちっちゃいですよね。それにほっぺの膨らみがあるので微妙な丸みが輪郭に出ます。頬からアゴにかけてのラインがぐっと奥側にあるんですよ。(アゴをひいている様なイメージ) 女性キャラもそういう描き方をするケースが多い気がします。なのでその微妙なアゴのラインや鼻のラインをモデリングしたCGで描けるのかな?と疑問に思ったんです。

あと気になったのは線そのものです。良く観るとちゃんと太いところと細い箇所があるんです。アップになったりすると輪郭の線が太くなったり、顔の部分でも鼻筋の線等も強調されています。2回目を観るとどうやってこれ調整してるのかなって思って気になりだしたんです。CGなんだけどそれだけでは説明出来ない何か違和感を覚えたんです。

自分は少し特殊な立ち位置で『SLAM DUNK』を観賞していると思います。これが正しい喩えかは分からないですけども、一応僕も一作品だけ連載したんですけどジャンプって”漫画の甲子園”みたいなところだと思ってるんです。井上先生は全国優勝して、その中でMVPを獲ってプロになっちゃったみたいな凄いスタープレイヤーです。僕は甲子園に出場したけど1回戦で敗退して甲子園の土を持ち帰ったような立場……。今も一応漫画業界の方にいますが。僕も同じ競技で甲子園という場所には立ちました、ぐらいな感じですね。そういう人間から見た井上先生、もしくは『SLAM DUNK』の感想です。だから純粋な観客として観た『SLAM DUNK』ではないんですよね。井上先生の作品はデビューの時から読んでましたし、その視点で言うとやっぱりちょっと違う見方にならざるを得ない。なので個人的には『THE FIRST SLAM DUNK』のあのシーンが漫画原作と違う、とかはどうでもいいのかなと思ってます。
 
例えば手塚先生もアニメの監督をやられてますが、手塚先生は急にアニメの監督をやったわけじゃなくて、東映動画の嘱託社員として動画の制作の仕事をしていた経験があります。そこできちんと勉強をされてその上で虫プロダクションを設立されています。だから全くのアニメ素人ではないんです。手塚先生ってアニメ好きで有名ですしディズニーとかも大好きですよね。元々アニメが凄く好きでやりたいという思いがあったと思います。大友克洋先生の場合は『AKIRA』の前に『ロボットカーニバル』とか『迷宮物語』の制作、『幻魔大戦』のキャラクターデザインをやったりとか、アニメーションとの関わりがありました。『ロボットカーニバル』や『迷宮物語』で短編アニメの監督をやって、そこから『AKIRA』の制作になるんで、長編をやるまでの過程があるんです。だけど井上先生は本作でいきなりアニメ初監督をやって、しかもフルCG作品だからそれも凄いなと思いました。

『リソース』に書いてありましたけど、井上先生は「僕はあまりアニメを観てないです」と答えていたんです。そうだろうな、と思いました。井上先生が面白いのはオタク臭が全くしないというところだと思ってます。だいたい今日本でヒットする作品はオタク的なものが多いなという気がしています。作者先生も比較的オタク的だし、読者の方も漫画やアニメ好きだったりするという要素があると思ってるんですが、井上先生はオタク臭が全くしないんです。もちろん漫画も映画も好きだと思いますけど、井上先生の作品は映画や実写ドラマの様な作りになってます。漫画の線もキャラクターのディフォルメもカラー原稿の塗りも全くアニメ的じゃなくむしろ絵画に近い。

僕もオタクじゃないという自覚があるので非常に心強いなと思ってるんですけど、勝手に。その井上先生がアニメの監督をやられるという事自体に吃驚しましたし、どうやってやるのかなというのは思ってて、実際に作品を観てみたら思った以上に劇映画の様な雰囲気がありました。予告編を観ただけでも分かりますが、いわゆる引きの絵を凄く使うんです。最初は沖縄のシーンから始まって。海岸とか、秘密基地が上から穴のように見える岩場のシーンがありますが凄くカメラを引いてます。漫画の風景カットにも引き絵はありますがここまで引かない場合が多いです。最後の方のシーンでも海岸でリョータとお母さんが話すシーンがありますが、改めて見たら水平線が見えるぐらい引いていてこういうカットが非常に劇映画的なんです。

『EUREKA ユリイカ』


僕がこれを観た時に思ったのは、個人的に好きな青山真治さんという映画監督がいて、代表作に『ユリイカ』という作品がありまして3時間ぐらいある長編なんですが、引き絵が凄く上手いんです。青山真治監督は元々黒沢清という天才肌の映画監督の弟子みたいな方なんですが、青山監督はお亡くなりになってますが名作を残されています。僕が青山真治さん的だなと思ったのは、予告カットで海のシーンが引きで撮られているカットがあって、そこでピアノの音が一音ポーンって鳴るんです。しばらくしたらまたポーンと鳴る。何回かポーンポンと鳴って普通の音楽になっていく流れになるんです。この演出が『ユリイカ』に似ているんです。これは『ユリイカ』の予告編がそんな感じになってるんで比べていただいたらすぐ分かると思います。余談で言うと『ユリイカ』の音楽は監督は青山真治さんが自身でやってるので音楽演出もしてるんだと思います。ただ井上先生が青山真治監督の映画が好きだという話を聞いた事がないので、これは僕の勝手な推測です。

(続く)


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?