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一日一鼓【6月】まとめの物語

6月の物語



『緑色と、答えてもいいのですか?』

 一日一鼓【6月】再会。
 まとめられない私の物語。

講義のサボり方を知った21歳の夏。

衰退の「た」の字まで見えている街を目指して電車に揺られた。

人よりも植物の方が生き生きとした街の竹に囲まれた渓谷を歩いていた。

あの頃のように。


すると…「晴れ間に見える雨の色は?」

背中に向けられたその声は、紛れもなく彼のものだった。

変わらず彼は問いかけてくれた。

変わってしまった私に。


「晴れ間に見える雨の色は?」 __と。


この先ずっと、晴れ間の雨の色を問いかけ続けるのだろうと信じて疑わなかった過去があった。

あの頃の私には信じることの出来ない未来がいまここに広がっている。


私には、あの頃のように堂々と、心踊りながら答えることがどうしても出来なかった。

“長い間この地を見つめる神様すら知らない僕たちの「今まで」と「これから」がきっとある”

__確かにそうかもしれない。


“でも、この雨だけは知っている”

__確かに…そうかもしれない。

雨は知っているのかもしれない。

私が晴れ間の雨を記憶の奥底に仕舞い込んでしまったことも、

透明なものが見えなくなってきていることも。


ねぇ、ムツくん。もう君の知っている私ではないかもしれないけど

それでも「緑色」と、答えてもいいのですか?



ずっしりと、木々を支える根や

すぐそこを流れる小川のせせらぎや

じんわりと全身を包む温かさに乗せられて

答える権利なんかじゃなくて

答えたいと思ってしまった。


神様の木のいたずらかもしれない。


晴れ間に見える雨の色は?

そう聞いた君に答えよう。


「緑色。久しぶりだね、ムツくん」



振り返るとそこには、

あの頃から少し背が伸びて

あの頃と変わらない髪型で

あの頃よりも大人びて、

変わらず透明で美しい彼がいた。


神様の木も、晴れ間の雨も、自分の心も

たくさんのものを色んなところに置いてきてしまったけど、

透明なものが見えない大人になろうとしているけど、

まだ、彼の透き通ったその瞳は私にも見えた。


ねぇ、ムツくん。

君の目には、今の私がどう映る?


長い間この地を見つめる神様すら知らない君の「今まで」はどんなだった?

私たちの「これから」はどうなっていくの?


そんなことを考えながら彼の瞳をじっと見つめていたら、

じんわりと何かが解けていくような気がした。

それが、緑の雨の温かさだったことに、今初めて気がついた。


彼は私をじっと見ていた。

何も言わず、ただ、じっと。



沈黙が緑の雨と溶け合っていく。



「ねぇ、ムツくん。君の目には、今の私がどう映る?」



「緑の雨がよく似合ってる。今も、変わらずね」


『緑色と、答えてくれますか?』

 一日一鼓【6月】再会。
 僕らのまとめの物語。


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