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【短編小説】坂口直樹の選択 2/2

第2章 報復の代償

あれから数ヶ月の月日が流れた・・・

僕はアイドルの推し活から離れた生活を送っていた。
もちろん、藤咲あかりのアイドル活動と、僕が綾瀬智也から受けていたイジメは全く関係がないことは理解できる。しかし、頭では理解していても、感情が追いつかない。藤咲あかりを見ると、どうしても綾瀬智也が脳裏をよぎり、それと共に過去の辛い記憶が蘇ってくる。その結果、ルミナスハーツの推し活を全く楽しめなくなってしまった。

現在は、ゲームやテレビのバラエティ番組を楽しんだり、SNSを何となく見たりする、平穏だけど気持ちが高揚しない日々を送っている。「ルミナスハーツのことが全く気にならない」と言えば嘘になるが、それでも距離を置かないとメンタルが保てない気がしていた。

そんなある日、SNSでとある投稿を発見した。
「元綾瀬建設社員」と名乗るアカウントが、「綾瀬建設が工事の過程で有害物質の不法投棄を行い、地元の森林や河川に被害を与え、環境破壊をしていた」と、証拠となる動画も添えて内部の不正を暴露していたのだ。

この投稿はたちまちSNS上で話題になり、数日後には地元メディアでも疑惑として報道されるようになった。

ルミナスハーツはSDGsの活動に力を入れているアイドルグループだから、これがもし本当ならグループにとっても、藤咲あかりにとってもマイナスにしかならない。

僕は気になってルミナスハーツのファン掲示板を見に行くと、もう既に炎上し始めていた。

『メンバーの親が環境破壊しているのに、SDGsとか笑わせる』
『父親の犯罪を黙っていたのだから、藤咲あかりも共犯だよね?』
『お金持ちのお嬢様だから、反省もしていないと思うけど』
『環境破壊の加害者の娘がアイドル活動続ける資格あるの?』
『藤咲あかりの笑顔も偽りなんじゃない?裏で何考えているか怪しい』
『ルミナスハーツは不正企業の広告塔なの?』

僕は「父親の会社の不正と娘のアイドル活動は関係ない」と自分に言い聞かせつつも、心の奥底では綾瀬智也に対して・・・

「ざまあ見ろ、因果応報だよ」
「神様はしっかり見てんだよ」

・・・と思っていた。

そして、この騒動は告発者が匿名で週刊誌の取材を受けたことで、事態は更に大きくなっていった。告発者は週刊誌の取材に対し、告発しようと思った理由について、

「もちろん、環境破壊という不正を許せない気持ちがあった」
「しかしそれだけでなく、社員として在籍していたとき、パワハラやイジメを受けていたので、その復讐の気持ちもあった」

と語ったのだ。

今度は「環境破壊の問題」だけでなく「パワハラとイジメの問題」が加わったのだ。

そして、この問題の真偽を裏付ける証拠のひとつとして注目されるようになったのが、以前に僕が投稿した「綾瀬智也が学生時代にイジメの首謀者だった」という投稿だった。「火に油を注ぐ」とはよく言ったもので、この件でファン掲示板はさらに炎上した。

『イジメ親父の娘がアイドルなんて笑える』
『イジメ加害者の娘が笑ってるだけで不快』
『イジメの加害者の娘がアイドルとか、正義感アピールするな』
『イジメ首謀者の娘、どうせ表向きだけの良い子だろ』
『どうせ親子そろってイジメっ子なんだろ?』
『あかりも学校でイジメしてたって聞いたけど?』
『イジメの血筋だね、どうせ裏で仲間もイジメてるんでしょ?』
『あかりも父親みたいに、裏で誰かをイジメて潰してるんじゃない?』

事実かどうか関係なく、憶測やデマ、明らかな嘘まであって掲示板は大炎上となった。

それから間もなく、ファンの掲示板では藤咲あかりがルミナスハーツで活動を続けていることに対する疑問や不信感が書き込まれるようになった。

『会社が環境破壊とパワハラをしてるのに、その社長の娘がアイドルやってるなんて、さすがにイメージ悪すぎじゃない?』
『環境問題に取り組んでるグループなのに、メンバーの親がこんなことしてたなんて、矛盾してるよね』
『ファンとしては応援したいけど、あかりん自身が今回の問題に関して何か説明するべきじゃないかな』
『環境汚染の責任もある企業の娘なのに、ファンには何も知らせず活動を続けるなん不誠実じゃない?』
『今回の件でルミナスハーツ全体のイメージが悪くなるから、あかりんが休むか説明してくれないと納得できない』
『企業の不正は関係ない、って考えも分かるけど、これだけ大きな問題だと影響が出るのは当然だと思う』

この件が大きく取り扱われるようになるにつれて、僕は怖くなっていった。

事実であれば、綾瀬建設が悪いし、それが藤咲あかりのアイドル活動に影響したのはSNSや掲示板に投稿した人達と週刊誌の記事だ。決して僕自身の問題ではない。

しかし、ネットに綾瀬智也の学生時代のイジメを書いたのは間違いなく僕で、それが綾瀬建設の不祥事の炎上に貢献し、藤咲あかりのアイドル活動にも影響を与えている。

綾瀬智也に対しては自業自得だろうと思うし、少しだけ「恨みを晴らした」という思いもある。しかし、藤咲あかりに対しては少し複雑な気持ちになっている。

「本当にこれで良かったのだろうか?」
「藤咲あかりには何も罪がないのに・・・」
「何も悪いことをしていないのに、辛く悲しい思いをしているはず・・・」
「それって、僕がイジメを受けていたときの気持ちと同じなんじゃないのか?」
「僕は、自分と同じ苦しみを持つ人を、自分自身の手で作ってしまったのではないだろうか?」
「僕がやりたかったことは、こんなことだったのだろうか?」
「これが僕にとっての幸せなんだろうか?」

それでも、僕は全ての迷いをかき消すかのように、自分自身に言い聞かせた。

「悪いのは全て綾瀬智也だ!」
「僕は、イジメで受けた苦しみや悲しみ、そして人生を狂わされた恨みを晴らしただけだ」
「綾瀬智也の娘である藤咲あかりのアイドル活動が続けられなくなり、彼女の夢が壊れたとしても、それも父親である綾瀬智也が犯した罪に対する罰なのだ」

それから数日後、ルミナスハーツのホームページで「藤咲あかりの一時活動停止」が発表された。

その後、藤咲あかりがルミナスハーツのステージに立つことはなく、数か月後にはグループからの脱退が発表され、事務所からの退所も決まった。

僕は学生時代のイジメの復讐を果たした。
だけど、それは僕が受けた傷の大きさを考えれば、ほんのわずかなものだと思っている。

しかしその代償として、「推し活」という自分の居場所を失い、「ひとりの少女の夢を壊してしまった」という罪悪感を一生背負っていくことになった。

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