アレクサンダー・ナナウ『コレクティブ 国家の嘘』ルーマニア医療業界の腐敗
2015年10月30日、ブカレストのナイトクラブ"コレクティヴ"で火災が発生し、27名の死者と180名の負傷者が出た。その後、病院では命に別状のなかった軽症の火傷被害者たちが、本来なら予防可能な感染症によって次々と命を落とし始める。ナナウが動き出したのは続く一連の大事件のかなり早い段階だった。物語の冒頭は、火傷被害者とその遺族の会議で、誰がどのようにして亡くなったのかが語られていく。ある人は息子をウィーンに移送しようとしてブダペストの病院に断られ、延期されたことが原因で亡くしてしまった。続いて、どうやって回収したのか、"コレクティヴ"での実際の火災事故の映像が挿入され、瞬く間に広がる火の手に恐怖しながら必死に生き残ろうとする人々の姿が映される。ここから始まる信じがたい物語は、普遍的な怒りと悲しみの物語なのだ。
ナナウの撮影が始まったのは一連の大事件の最初期に、スポーツ新聞"Gazeta Sporturilor"に執筆していたジャーナリストのカタリン・トロンタン(Cătălin Tolontan)が、当時の保険大臣 Nicolae Bănicioiu による"ルーマニアの病院はドイツの病院と同じくらい優れている"という公式声明に疑問を持ち始めた頃だった。映画はまるで事件を捜査するように、トロンタンと彼の取材チームに張り付き、早い段階でダン・コンドレア(Dan Condrea)医師の所有する Hexi Pharma が抗菌液を1/10に希釈して販売していたことを突き止める。しかし、この衝撃的事実を世間に公表しただけでは 、映画も腐敗も終わらない。寧ろここからが本当の戦いなのだ。というか告発までは冒頭の20分でたどり着いてしまい、そこからはそれと同じくらいの展開が80分押し寄せ続ける。
まるでフィクションを見ているかのような錯覚を覚えるほど劇的な展開を迎えるトロンタンの戦いを観察する合間、あの日"コレクティヴ"で大きな傷跡と手を失いながら生き延びた女性 Tedy Ursuleanu の日常風景が挿入される。彼女は冒頭の被害者の会や、トロンタンとのテレビ会談などにも出席しており、率先して被害を風化させないよう行動している姿から、本作品における(或いは現実における)悲劇の象徴として幾度となく登場する。あくまで中立たろうとする映画として、彼女や他の被害者、遺族へのインタビューは全く行われていないが、彼女の佇まい、そして未来を向いて生きていこうとする姿は、トロンタンの戦いとは別のステージにおける同じ戦いのようにも見えてくる。
トロンタンの執念は政権交代を招き、映画は第二部に移行する。新しい保険大臣 Vlad Voiculescu はナナウのカメラを保険省の会議に連れ込み、彼の努力や焦燥、そしてぶち当たる障壁を全て目撃させるのだ。彼は記者による"ここで爆発が起こったらどこの病院に行けば?"という質問に"海外だ"と即答するほど、ルーマニアの病院事情に疑念を持っている人物だが、力技で叩き斬れば事が済むというはずもなく、トロンタンやウルスレアヌとも違うステージで、同じ戦いを挑むことになる。あまりにも意思決定機関に近すぎて実感がわかないのだが、それはそれだけ劇的なことが起こっていことを示しているのかもしれない。
題材以上に本作品を普遍的にしているのは、トロンタンのある言葉だろう。"報道が為政者に屈した時、その矛先は市民に向く"、だからこそトロンタンは立ち上がり続ける。
・作品データ
原題:Colectiv
上映時間:109分
監督:Alexander Nanau
製作:2020年(ルクセンブルグ, ルーマニア)