フランチシェク・ヴラーチル『アデルハイト』分断と内省についての物語
フランチシェク・ヴラーチル長編五作目、初カラー作品。前作『ミツバチの谷』と同じくヴラディミル・コーナーの同名小説を基に製作された。荒野を縦横無尽に駆け巡っていた『マルケータ・ラザロヴァー』や『ミツバチの谷』とは異なり、大屋敷を舞台とした心理劇である。イギリスでレジスタンスに参加していたチェコ人中尉ヴィクトルは、戦後に報奨として接収された丘の上の大屋敷を貰う。そこに捕虜収容所からドイツ人の女がメイドとしてやってくる。彼女は前の屋敷の持ち主でこの地域の支配者だったナチス高官ハイネマンの娘アデルハイトだった。ヴィクトルはドイツ語を学び始め、僅かながらコミュニケーションが取れるようになるが、二人の間にある性別/言語/文化/階級/勝者と敗者/歴史の分断を超えることは出来ない。二人の視線も交わることなく、だだっ広い屋敷を漂うばかりだ。
やがてふたりの間に橋が出来始めた頃、ロシアで戦死したはずのアデルハイトの兄ハンス=ゲオルクが帰ってくる。ヴィクトルは彼と対決するが、その勝敗の決め手となったのはアデルハイトだった。ここで二つ目のテーマが浮上する。"内省"である。映画が製作された1970年当時であれば、ナチスの子供世代や孫世代が世に出てきているはずだ。ヴィクトルはアデルハイトの親の罪と本人の罪を分けて考えていたし、彼女にドイツ人全員の罪をなすりつけることもしなかった(イギリス帰りという設定は戦争を知らない世代のいた1970年と1945年当時ですら統治下の故国を知らなかったという時代的な分断を埋める為だろう)。アデルハイトはどうだったのだろうか。連合軍の罪を父親を殺した罪をヴィクトルに着せたのだろうか。彼女がハンス=ゲオルク(ナチス)とヴィクトル(連合軍)を殺そうとしたのが全ての答えである。
アデルハイトの自殺も地雷原を歩くヴィクトルもある程度最初の方で想像出来る。彼らの自殺によって未回収の視線は永遠に回収されることなく、広く深い分断は少しも縮まることのないまま放置され続けている。映画で超えられなかった分断を超えられる日が来るのだろうか。
・作品データ
原題:Adelheid
上映時間:99分
監督:František Vláčil
公開:1970年4月6日(チェコスロヴァキア)
・評価:80点
・フランチシェク・ヴラーチル その他の作品
★ フランチシェク・ヴラーチル『Clouds of Glass』空を飛ぶ夢、永遠の憧れの詩
★ フランチシェク・ヴラーチル『白い鳩』希望と再生についての物語
★ フランチシェク・ヴラーチル『The Devil's Trap』白い粉挽き職人と黒い聖職者
★ フランチシェク・ヴラーチル『マルケータ・ラザロヴァー』純真無垢についての物語
★ フランチシェク・ヴラーチル『ミツバチの谷』"持たざる者"についての物語
★ フランチシェク・ヴラーチル『アデルハイト』分断と内省についての物語
★ フランチシェク・ヴラーチル『Sirius』ぼくの犬、シリウスのこと
★ フランチシェク・ヴラーチル『Smoke on the Potato Fields』過去の自分に戻りたい、その価値はある
★ フランチシェク・ヴラーチル『暑い夏の影』元ナチの侵入者vs"臆病者"の父親
★ フランチシェク・ヴラーチル『Concert at the End of Summer』金のための作曲は正しいことなのか
★ フランチシェク・ヴラーチル『Serpent's Poison』向き合えない、だから酒を飲むという地獄の悪循環
★ フランチシェク・ヴラーチル『The Little Shepherd Boy from the Valley』戦車の遺された草原で少年は夢を見る
★ フランチシェク・ヴラーチル『Albert』もう一度あの頃に戻りたい
★ フランチシェク・ヴラーチル『Shades of Fern』チェコスロバキア、殺人者の当て所なき逃避行
★ フランチシェク・ヴラーチル『Magician』ヴラーチルの"内省"と走馬灯