ワン・チュアンアン『Öndög』死体と卵と"生命の循環"
初選出で金熊賞を受賞した『トゥヤーの結婚』以降三作品もベルリン映画祭に作品を送り続けているワン・チュアンアンの監督最新作(七作目)。"人間の目で見える物が必ずしも現実とは限らない"という印象的な文言で始まる本作品は、その言葉を発した猟師らしき男が別の男と二人でバギーに乗って、真夜中のモンゴルの荒野を爆走し、全裸の女性死体を発見するというノワール映画のようなシーンから始まる。しかし、以降この事件について掘り下げられることなく、荒野に放置された遺体を一夜だけ狼から守ることになった新人刑事と、それに協力する"ダイナソー"と呼ばれる近隣の(といっても馬で何十分も掛かりそう)羊飼いの物語を緩いテンポと圧倒的なロングショットで紡いでいる。平原のロングショットといえばヤンチョー・ミクローシュだし、俳優の顔などに全く興味のなさそうなショットの数々は本当にヤンチョーっぽいのだが、やはり同じく中央アジアの平原を舞台にしたセルゲイ・ドヴォルツェヴォイ『トルパン』のロングショットと比較するのが良さそうだ。それにしても、Aymerick Pilarskiの"マジックアワーに撮ってやりましたよ!"という感じの、空に赤青様々な色が咲き乱れる夕暮れの空を含めただだっ広い土地のロングショットは素晴らしいものがある。『トルパン』では昼間だけだった気がする(うろ覚え)。
題名の"Öndög"とはモンゴル語で"卵"を指し、直接的には本編で新人刑事が言及するモンゴルで発見されたという恐竜の卵のことを、間接的には妊娠した"ダイナソー(=恐竜)"の子供を指している。この子供は、"ダイナソー"のことが好きな隣人の子供なのか、それとも遺体の見張り番をしていたときに新人刑事とセックスしたときに出来た子供なのかは明かされず、それを逆手に取ってモンゴルに根付いた"恐竜の子供"として未来を見つめる構図になっている。また、冒頭の死体から"死"の匂いを帯びた映画が、徐々に"生"への活力を取り戻していくかのように順序立てて"死"から離れていき、最終的に牛の出産シーンで幕を下ろすのは"生命の循環"を表しているようで心地よい。
ただ、全体的にもったいぶってアート映画振ろうとしているのが鼻に付く感じは否めないし、"生命の循環"ならフランコ・ピアヴォリ『Voices Through Time』 とかアノーチャ・スウィーチャーゴーンポン『ありふれた話』のような素晴らしい先達がいるので、これといった収穫もなく終わってしまったのが残念。
・作品データ
原題:Öndög
上映時間:100分
監督:Wang Quan’an
製作:2019年(中国,モンゴル)
・評価:60点
・ベルリン国際映画祭2019 コンペ選出作品
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