チャイタニヤ・タームハネー『裁き』サイバン、 日 常 、そしてサイバン
小学校教師で民謡歌手の老人が主人公なんだが、彼が抗議集会で演説みたいなのを歌っているのを観て、失礼ながら"インドすげえ"と思ってしまった。彼は"全ての下水清掃人は自殺せい"と歌ったらしく、それを聴いたかもしれないし聴いてないかもしれない下水清掃人が二日後に自殺っぽい死に方をしたため、自殺幇助の罪で逮捕される。なんとも無茶苦茶な理論だが、まかり通るらしい。しかし、意外にも裁判シーンにはあまり時間が割かれない、というかそもそも裁判自体をほとんどしていないのだ。一人証言したら続きは流されて次回の日程(しかも一ヶ月後くらい)が組まれ、裁判長は同じ席に座ったまま事務的に大量の案件を良く言えばスパスパと、悪く言えば適当に捌いていく、否裁いていく。逮捕された老人歌手なんて合計しても20分くらいしか出てこないんじゃないか、というくらい適当で不毛な代理戦争がチビチビと、そして長々と繰り返されるだけなのだ。しかも、記録されるのは裁判長が"記録して~"と言ってからの短い文言のみ。
そして、空いた時間に提示されるのは歌手を必死に守る弁護人も、どうにかして有罪にしようとする検察官も、この戯画的で滑稽な裁判から一歩外に出れば一人の人間であることだ。弁護人は裕福なようで、スーパーのワインコーナーでは慣れた手付きでお気に入りのワインを手に取り、実家のだだっ広いダイニングでは両親と大げんかする。逆に検察官はシングルマザーで、裁判帰りに保育園から子供を引き取り、バスで隣に乗り合わせた女性と世間話に興じている。去年のフィルメックスで観た『評決』みたいなガチガチの裁判劇でも、ブリランテ・メンドーサ『ローサは密告された』みたいな被害者目線での司法の腐敗を描くでもなく、日常の一部として描かれているのが興味深い。
フィックス長回しで描かれる日常と裁判は、どこか意地の悪い切り取り方をしているように思える。人権を守る集会では弁護士が何度も逮捕される人物について例を挙げていると、二人の男が彼の横に扇風機を設置し始めて演説が中断される。短い裁判シーンではカメラを止め忘れたかのように次の裁判の最初のシーンまで必ず入っている。裁判所の休廷シーンでは職員全員が急ぎ足で立ち去って、残された暗転を映し続ける。この心地よい意地の悪さが堪らなく良い。
各人を見る限り、適当な捜査をしている警察以外は制度に従って精一杯仕事をしているように見えるが、その制度は実に狭い範囲でしか有効でないし、狭い範囲にいる人々はそこから出たり、それを壊したりしてまで平等や正義を求めていない。まるで天上人のおままごとのような裁判が、こうしてまた一つ終わって始まり、一人の犠牲者がそのサイクルに巻き込まれた。
・作品データ
原題:Court
上映時間:116分
監督:Chaitanya Tamhane
製作:2014年(インド)
・評価:90点
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チャイタニヤ・タームハネー『裁き』サイバン、 日 常 、そしてサイバン
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