イリヤ・フルジャノフスキー&イリヤ・ペルミャコフ『DAU. New Man』俺は嫌いなんだ、あの堕落した研究者どもが
DAUユニバースの中には緩く繋がっている作品たちもあり、『Degeneration』(以下、本編と呼ぶ)の裏側を描く本作品は"研究所三部作"の二作目に相当する(私が勝手に呼んでるだけだが)。ユーバーメンシュ実験のためにやってきたムキムキ被験者のうち、もっとも過激だったマキシムと食堂の店主となったヴィクトリアの関係を掘り下げる形で研究所崩壊の序章を描いている。当初は『DAU. Vika and Maksim』という題名が当てられていたらしく、そこからも本作品の方向性は見えてくる。
1968年、研究所が崩壊する年。マクシムは他の被験者とともに研究所にやって来る。理想も破れて疲れ果てた研究者たちは夜の間の方が元気であり、見るからに暴力的な被験者たちは彼らのグループ内でのみ結束が高まり、それらを俯瞰で監視しようとするKGB職員たちが裏で暗躍する。勿論、本編と同じ構造だが、研究所自体を主人公として客観的事実を描いていた同作に比べると、物語の途中でやって来た"破壊と混乱をもたらす者たち"の視点で堕落した研究者を眺めるのは、一人の人物を多角的に観察するというDAUユニバースのテーマには合致している。本編で偉大に見えた研究者たちも、本作品ではただの飲んだくれであり、夜な夜な騒いで被験者たちを眠れなくしているだけの存在である。アルコール依存症、性的堕落、意志薄弱、理想や未来への希望の喪失、それら全てを包括する"自由"、ゴリゴリの共産主義者であるマクシムはこれら全ての嫌いな要素を持つ研究者たちに苛立ちを募らせていく。
ただ、本編と合流させるという意味でアジッポとマクシムたちの対話やヴィクトリアとのセックスなど同作で使われていたシーンを全く同じ文脈で使うのは、別々の映画としてどうなのか。本編を8時間にしていたら本作品は作られなかったであろう。或いは、本編を研究者目線、KGB目線、マッチョ被験者目線で三つに割れば面白かったのかもしれない。同作には長さにも意味があるのでそんなことしても意味ないのだが。
加えて、本編に入らなかったであろうKGB職員の話し合いシーンなどの断片をこっちに入れるのもあまりセンスがない。被験者たちとKGB職員たちの接触があまりない分、マクシム視点でもないKGB職員内の出来事まで描くのは、一本の映画として成立させようと躍起になっている感じは伝わるが、本筋からは乖離している。新しい視点も加えること無く、ただの裏話に徹し、マクシムがアジッポやヴィクトリアとする会話にはドラマもアクションも生まれない。ラストまで本編に"乗っかる"とは…
・作品データ
原題:DAU. New Man
上映時間:93分
監督:Ilya Khrzhanovsky, Ilya Permyakov
製作:2020年(ロシア)
・評価:30点
・『DAU.』ユニバース その他の作品
★ 『DAU.』主要登場人物経歴一覧
1. 『DAU. Natasha』壮大なる企画への入り口
2. 『DAU. Degeneration』自由への別れと緩やかな衰退
3. 『DAU. Nora Mother』幸せになってほしいの、少なくとも私より
4. 『DAU. Three Days』遠い過去に失われ、戻るのない恋について
5. 『DAU. Brave People』物理学者も一人の人間に過ぎない
6. 『DAU. Katya Tanya』二度失われた二つの初恋について
7. 『DAU. New Man』俺は嫌いなんだ、あの堕落した研究者どもが
8. 『DAU. String Theory』ひも理論のクズ理論への応用
9. 『DAU. Nikita Tanya』多元愛人論は妻に通用するのか?