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Sofia Bohdanowicz『The Hardest Working Cat in Showbiz』ある伝説的な猫についての短い考察

アメリカの批評家/映画監督ダン・サリットがFilmmaker誌で書いた記事をボーダノヴィッツが映画化した作品。主人公というかナレーションはサリット自身が務め、彼が興味を持った"映画史上最も多忙だった猫"とされるオランジーについてまとめた作品になっている。構成としては発見→調査→モヤモヤが残る結末という『Veslemøy's Song』まんまな展開で興味深い。今回は現実と虚構を交えるわけではなく、サリットの語りに併せて言及された映画の断片やブログのページなどが提示される紙芝居のような形式を取りながら、合間合間にサリットと彼の猫ジャスパーがじゃれ合う姿を挿入して映画監督や鑑賞者ではなく、一人の猫好きとしての視点も本作品に持ち込もうとしているのが分かる。

流れから察するに猫好きの彼が、映画史上最も好きだとしているのがジャック・ターナー『Western Stranger on Horseback』に登場するトラネコなのだが、当初彼が偶然写ってしまった幸福な瞬間と思っていた"襲撃に気付いた猫が手前の机から飛び降りる"というシーンは、猫の動きを中心にカメラが動いていることからそれが演技であることを知る。そしてその旨をツイートしたところ、"オランジーではないか?"という指摘を受けた。オランジーとは有名なトレーナーであるフランク・インの訓練を受けた俳優猫であり、動物版アカデミー賞とも言われるPATSY賞を二度も受賞した唯一の猫である。一度目は『Rhubarb』、二度目は『ティファニーで朝食を』だった。ただ、『Rhubarb』や続けて出演した大人気ドラマ『Minerva in Our Miss Brooks』などで、動物のクレジットは適当だったため、彼のフィルモグラフィの詳細は掴めていないのが現状らしいが、それでも『縮みゆく人間』や『アンネの日記』など有名作品を含めた様々な映画に登場していることは知られている。記録されているのを調べると16年のキャリアで、これは人間に直すとリリアン・ギッシュやダニエル・ダリュークラスの長老になるらしい。

そんな、可愛い役から悪役までをこなす"猫界のマーロン・ブランド"だが、入手できる彼の話はどれも似ていて、本当のオランジーの物語は野次馬的な興味と創作の中に埋没してしまっているのではないかと追加で調査を始める。猫好きシネフィルの調査を調べたサリットは、『ティファニーで朝食を』で二種類の猫が同じ役を演じていること、『Rhubarb』と『ティファニーで朝食を』の猫が同じには見えないこと、そして遂にフランク・インの"猫は芸を覚えないから似てる猫に一匹一つの芸を仕込んでその都度交代させる"という記述を発見する。インは数多くの猫を一匹の"オランジー"として宣伝していたのだ。

そうなると、オランジーはなぜ亡くなってしまったのだろうか。サリットは動物保護の面で引き取り手のいない動物の面倒を見ていたというフランク・インの擁護に終わり結論を出していない。本当に中核を担っていた猫が亡くなったからなのかもしれないが、"オランジー"の伝説を守るためにしたことと考えるのが自然だ。随分と虫のいい話にも聴こえるし、そんな甘い詩情に流されて本質的な問題を有耶無耶にしたくなかったからこそ触れなかったのだろう。そこに不可侵の神秘など存在せず、伝説の気味の悪い裏側だけが残ってしまった。

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・作品データ

原題:The Hardest Working Cat in Showbiz
上映時間:17分
監督:Sofia Bohdanowicz
製作:2020年(カナダ?)

・評価:70点

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