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カレル・カヒーニャ『耳』次は私の番なのか、ある党幹部の一夜を巡る最強のホラー映画

漸く手に入れたチェコ・ヌーヴェルヴァーグを代表する怪作であり、メンツェル『つながれたヒバリ』などと共に1990年代まで未公開のまま放置された作品でもある。東欧映画大好きな人間にとって見ない手はないのだが、大変入手困難作品であったせいで見るのがここまで遅れてしまった。

党の高官夫婦がパーティから帰ってくると、自宅で変なことが起こり始める。上官や同僚が"職を解かれた"話を聴いていた夫は、これが党本部の仕業であると考え、パーティでの同僚たちの会話を回想する。完全にひび割れていた夫婦関係は夫が逮捕されるかもしれない恐怖からある種共犯者のように関係を再構築し、自身の身に何が起こりうるかを推測し始める。兵役時代の友人が押しかけてきたせいで夫婦関係は再び悪化するも、妻が盗聴マイクを発見したことで共犯関係に戻り、ふたりは真実を悟る。ラストで夫ルドヴィークは昇進するものの、それは前任者の足跡をそのまま再現しているだけにすぎず、やがて来たる終焉(逮捕)を連想させる。

回想シーンをPOVにすることで、夫ルドヴィークや妻アンナと共に記憶を辿り、点を繋いで線にしていく。この過程が最早ホラー映画と言っても過言でないほどスリリングであり、ふとしたことで全ての線が繋がったとき、本作品は人間の最大の恐怖は他人であることを物語る最強のホラー映画となる。結局、盗聴されないのは外しかないとの結論からバルコニーで話している姿はなんとも物悲しい。

キッチンと風呂場とトイレには流石にマイクないよね→あったわ、っていう流れは面白いけど、こんな国に産まれなくて良かったとしか思えない。

追記
最近の日本は"こんな国"になってきてる。

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・作品データ

原題:Ucho
上映時間:94分
監督:Karel Kachyna
製作:1961年(チェコ)→1990年(公開)

・評価:99点

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