イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. Nora Mother』幸せになってほしいの、少なくとも私より
ランダウとノラが知り合ったのが1933年、ノラがランダウと暮らすためにモスクワへ移り住んだのが1941年、二人が結婚したのが1949年で、その年の年末に息子デニスが誕生した。そして時は『Natasha』と同じ1952年、ノラは自身の母リディアをウクライナの田舎から呼び寄せ、久方ぶりに再会を果たす。ランダウは露骨に嫌がるが、朝から晩まで詳細不明な仕事に明け暮れる女好きな夫を支えながら、誰も知り合いのいない秘密研究所に缶詰にされるノラは、知り合いの中で最も融通が利き、同時に最大の爆弾ともなり得るジョーカーを、最後かつ最善の手として過去から引きずり出してきたのだ。それによって本作品はDAUユニバース版『秋のソナタ』とも呼ばれている。
物語の大半はランダウに対して従っているだけのノラと、それに自身の夫(ノラの父)との関係を重ね合わせてノラを"正しい道"へと軌道修正させようと躍起になるリディアの会話に費やされる。リディアは嫌味や皮肉や卑下が多く、ノラのどっち付かずな態度にイライラしては、"はいはい私はあなたにとってゴミ以下なのね"と 娘にぶつけている。被害妄想を延々と語るタイプの面倒臭さがあるものの、母親としてノラを包み込むような優しさも垣間見えるので、映画全体が孤独に苦しめられたノラの空想で、彼女の中の天使と悪魔がリディアとして登場したかのような感覚すら覚えてしまう。
リディアのノラへの愛情、ノラのランダウへの愛情は言葉を発する度に揺れ動く。その様はまるで三角関係を覗き見ているかのようだ。しかし、映画がノラの内的世界のように見えるのは、口数の少ないノラに対してリディアが一方的に状況を説明してしまい、最終的にはノラの求めるような動きをしてしまうことにある。それこそがノラへの母としての愛情なのだが、動きがほとんどないのに全体的にヌルめで、あんまりドラマ性もないので退屈してしまう。
この後、デニスはリディアの家で過ごしたこともあったようなので、少なくともノラとリディアの関係は悪くはならなかったようだ。見返してみると『DAU. Natasha』にはバブバブ時代のデニスを連れたノラがナターシャの食堂を訪れており、こうやってユニバースは紡がれるのかとしんみり(そういうのに激弱です)。
・作品データ
原題:DAU. Nora Mother
上映時間:88分
監督:Ilya Khrzhanovsky, Jekaterina Oertel
製作:2020年(ロシア)
・評価:60点
・『DAU.』ユニバース その他の作品
★ 『DAU.』主要登場人物経歴一覧
1. 『DAU. Natasha』壮大なる企画への入り口
2. 『DAU. Degeneration』自由への別れと緩やかな衰退
3. 『DAU. Nora Mother』幸せになってほしいの、少なくとも私より
4. 『DAU. Three Days』遠い過去に失われ、戻るのない恋について
5. 『DAU. Brave People』物理学者も一人の人間に過ぎない
6. 『DAU. Katya Tanya』二度失われた二つの初恋について
7. 『DAU. New Man』俺は嫌いなんだ、あの堕落した研究者どもが
8. 『DAU. String Theory』ひも理論のクズ理論への応用
9. 『DAU. Nikita Tanya』多元愛人論は妻に通用するのか?