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マリー・クロイツァー『The Ground Beneath My Feet』さようなら、トニ・エルドマン

早朝から誰もいない公園を走り、仕事で世界中を飛び回り、華やかなホテルでクライアントと食事をし、空き時間にはジムで汗を流す。自宅は服の保管場所とたまに寝に帰るというだけだ。自分を押し殺して働き続ける女性や家族について再考を促すというテーマ性からもマーレン・アデ『ありがとう、トニ・エルドマン』と比較される本作品は、ジョアンナ・ホッグ『The Souvenir』やピーター・ストリックランド『In Fabric』と並んで今年最も批評家と観客の評価が解離している作品の一つと言えるだろう。しかも奇妙な偶然からか、監督マリー・クロイツァーとマーレン・アデは同い年であり、共にキャリアは浅めながら三大映画祭に発掘されて激賞されたという点まで似ている。

そんな彼女が唯一の"汚点"として捉えているのが精神障害を抱える姉コニーの存在だ。ローラはコニーの存在すら周りの人間には言っていない。物語は一緒に暮らしていた彼女が自殺未遂で病院に担ぎ込まれる場面から始まり、姉を精神病院に押し込んで再び仕事浸りの生活に戻ったローラがコニーの影に怯える姿を追い続ける。コニーは入院しているのに、どんな時間でもどこにいても"お前を見ている"という電話が掛かってくる。どちらかと言えばサイコスリラー的なそれらの展開は、漫然としてた不安がコニーとして形を得たようにも見える。コニーの存在は社会に見せてはならない"恥部"として秘匿され、同時に乗り越えなければならない壁として鎮座している。奇妙なのは仕事についての描写で、彼女は自分を押し殺して仕事をしていることに気付いた上で、現実世界から逃げるためにオーバーワークを重ねているようにも見えることだろうか。コニーを見下しながらも"守っている"という状態だけが辛うじてローラを支えている。

もっと興味深いのはより秘匿すべき上司との恋愛関係が同性愛関係になっていることだろうか。ありがちな"同性愛=バレてはいけない関係"という方程式の上に上司との恋愛関係を塗り直すことで、"上司でなかったら秘匿する必要はない"という裏返したメッセージにすら感じる。しかし、この合理的だがローラを一番に思っている上司の突発的な行動が、彼女を更に苦しめる。

寓話的で、主人公の苦しみは更に増えてはいるものの、それでもやはり『ありがとう、トニ・エルドマン』が脳裏にチラついてしまう。ラストに転職という"お望みの展開"を用意していない本作品のほうがよりリアリティに溢れているのかもしれないが、全体的な描写は現実的というよりぶっきらぼうで、尻切れトンボになっている感じは否めない。これでは劣化版と言われても仕方ないんじゃないか。ただ、自分も働き始めたら彼女を理解できるかもしれないとは考える。要再見。

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・作品データ

原題:The Ground Beneath My Feet
上映時間:108分
監督:Marie Kreutzer
公開:2019年3月22日(オーストリア)

・ベルリン国際映画祭2019 コンペ選出作品

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