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ジュスティーヌ・トリエ『愛欲のセラピー』患者を本に書くセラピストって、おい

早口でまくしたてる友人の忠告をありがたく受け取ったシビル。セラピストの彼女は自身が担当している患者を半分にして、残りの時間を念願だった執筆作業に充てることにする。いきなり"来週から担当変わります"と伝えてブチ切れる患者たちには全く負い目を感じていないが、時間が出来ても依然として執筆は進まない。『ソルフェリーノの戦い』『ヴィクトリア』とキャリアを順調に重ねるフランスの俊英ジュスティーヌ・トリエの最新作で、前作『ヴィクトリア』でも組んだフランスの人気コメディエンヌであるヴィルジニー・エフィラを再び主演に据えた二人の最新作である。日本で簡単に手に入るエフィラさんの作品が『ターニング・タイド 希望の海』のちょい役という時代から長らくエフィラのファンをやっていながら、彼女の作品が続々公開されると非線形天邪鬼なので放置していたのだが、今回漸く劇場で彼女を拝むことが出来た。

残り半分の患者の相手をしつつ、全く執筆が進まない日々。そんな中、新規の患者から電話が掛かってくる。最初は邪険に扱うシビルだったが、実際女優だというマルゴに会ってみると中々面白い。彼女は同じ現場で働く主演俳優イゴールとの子供を身籠っており、それを言うか言わないか、堕ろすか堕ろさないかという決断をシビルに委ねてくる。シビルはその話をそのまま小説に書き始めるのだ。職業倫理観どうなってんのよ。そして、マルゴのエピソードに併せて、シビルは昔の恋人との情事や喧嘩を思い返す。治療らしい治療は一切せず、勝手に自分の過去を思い出して"エモい"(エモくはない)想い出に浸っているシビルを只管フラッシュバックで追っていくのが前半だ。色々設定がぶっ飛んでいるのと、母親との確執のエピソードが自分と子どもたちへのエピソードに結びつかないのは残念だったし、そもそも上手い構成とも思えない。

★以下、ネタバレ

後半になると、取り乱したマルゴのケアをするために渋々ロケ地の孤島に出向き、抽象的な支持を出して現場を混乱させるパラハワ女監督ミカの補佐として短い時間を過ごす。何度もテイクを重ねることでブチギレたイゴールの代わりに歌い、果てには"私もうやってらんな~い!"と海に飛び込んだミカの代わりにシーンを撮り切る羽目になる。実にユーモアのあるシーンの連続ではあるものの、面白い現象を並べているだけなので物語は進まない。そして、シビルはイゴールの圧倒的な魅力に屈してセックス、それがバレてイゴールの元恋人だったミカや現恋人マルゴからブチ切れられて島から追放される。患者の恋人に手を出して関係性を崩壊させるとかセラピストとしては完全にアウトなんだが、そのへんを指摘するのは最早野暮なんだと思う。

ここまでくると最早なにが描きたいのか理解できなくなってくるが、半年後にシビルが元恋人と出会って人生終了モードに突入する意味不明な展開を迎えて余計に分からなくなってくる。そして、最終的な結論は"人生なんてフィクションだ、欲しいものは何でも作り出せる!"というもの。そもそも未練タラタラな元恋人とは別れてるから思い通りにはなってないし、仕事としても倫理的にアウトなことしかしてないし、完全に自由に生きることと自分勝手に生きることを誤認している典型的な人物造形に過ぎない。人が何に絶望を感じるかなんて人それぞれなんだが、それにしてもそこまで墜ちる描写が少ないし、そんな軽めのやつに"人生はフィクションだ"とか言ってほしくないっすね。

ということで、4Kでエフィラさんとアデル・エグザルホプロスを拝めた以外なにも収穫のない釜山ラストでした。

※現地レポート

ベルトラン・ボネロ『Zombi Child』と同じ、スタリウム会場という4Kスクリーンのバカでかい劇場だったのだが、正直そこまででかい箱で観るような作品でもなかった。コメディとあって孤島のシーンは会場も湧いていたが、ラストには皆ポカン?としており、300人近く入れる劇場は満席だったものの、終映後の拍手はまばらだった。釜山のラストにこれか~と思ってホテルに戻ったものの、同じ時間帯にアルベール・セラ『Liberte』を観ていた友人は同作を"人生最悪の映画"と評していたため、そっちよりはマシだったのかもしれないと思うことにした。ただ、そっちの方が話題性があったかもしれないと今になって思い始めている。巨匠だらけで難易度低めな今年のカンヌ系は早めに片付けて来年に備えたいので、まあ良しとしよう。

これで今年のカンヌ映画祭のコンペ選出作品は6本観たが、昨年と同様に今年も落差が激しい。本作品とセリーヌ・シアマ『Portrait of a Lady on Fire』が同じ土俵で戦えるわけないっしょ。

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・作品データ

原題:Sibyl
上映時間:100分
監督:Justine Triet
公開:2019年5月24日(フランス)

・評価:30点

・BIFFレポート

① ペドロ・コスタ『ヴィタリナ』闇の世界、止まった時間
② ブリュノ・デュモン『Joan of Arc』天才を殺す凡夫たちへの皮肉
③ パブロ・ラライン『エマ、愛の罠』規格化された"愛"への反抗と自由への飛翔
④ ラジ・リ『レ・ミゼラブル』クリシェを嘲笑う現代の"ジョーカー"
⑤ セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』あまりにも圧倒的な愛と平等の物語
⑥ Arden Rod Condez『John Denver Trending』根拠なきSNSリンチに国家権力が加担するエクストリームいじめ映画
⑦ カンテミール・バラゴフ『Beanpole』戦争は女の顔をしていない
⑧ ベルトラン・ボネロ『Zombi Child』社会復帰したゾンビを巡るお伽噺
⑨ ジュスティーヌ・トリエ『愛欲のセラピー』患者を本に書くセラピストって、おい

・カンヌ国際映画祭2019 その他のコンペ選出作品

1. マティ・ディオップ『アトランティックス』 過去の亡霊と決別するとき
2. クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドネルス『バクラウ 地図から消された村横暴な権力へのある風刺的な反抗
3. ジム・ジャームッシュ『デッド・ドント・ダイ』ゾンビ映画の原点回帰、或いはジャームッシュのエンドゲーム
4. アイラ・サックス『ポルトガル、夏の終わり』ようこそ、"地上の楽園"シントラへ!
5. テレンス・マリック『名もなき生涯』無名の人々が善意を作る
6. エリア・スレイマン『天国にちがいない』パレスチナ人は"思い出す"ために酒を飲む
7. ジェシカ・ハウスナー『リトル・ジョー園芸版"ボディ・スナッチャー"
9. ラジ・リ『レ・ミゼラブル』クリシェを嘲笑う現代の"ジョーカー"【ネタバレ】
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13. ペドロ・アルモドバル『ペイン・アンド・グローリー』痛みと栄光、これが私の生きた道
15. セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』あまりにも圧倒的な愛と平等の物語
16. ジュスティーヌ・トリエ『愛欲のセラピー』患者を本に書くセラピストって、おい
18. マルコ・ベロッキオ『シチリアーノ 裏切りの美学』裏切り者は平和に生きる
19. コルネリュ・ポルンボユ『ホイッスラーズ 誓いの口笛』口笛を吹く者たち、密告者たち、そして裏切者たち
20. ディアオ・イーナン『鵞鳥湖の夜』横移動を縦に貫く"ネオン"ノワール
21. ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『その手に触れるまで』過激思想に走る少年描写で守りに入りすぎ

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