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ナンニ・モレッティ『3つの鍵』イタリア、ある三家族の年代記

2021年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。イスラエルの作家エシュコル・ネヴォによる小説『Three Stories (Shalosh Qomot)』を原作としたナンニ・モレッティの最新作で、題名の通り、一つのマンションの様々な階に暮らす様々な社会的階層の人が織りなす物語を観察する群像劇。"大事故"とも評される本作品は文字通りの大事故で幕を開ける。上層階に住む青年アンドレアが人通りのない真夜中過ぎに蛇行運転の末、横断歩道を渡っていた女性を轢いて、マンション一階のルーチョの部屋に突っ込んだのだ。現場では二階に住む妊婦モニカも、産気付いたタイミングで目撃しており、ここに主人公たる三家族が揃うことになるが、併せて本作品の不思議な世界観が一瞬にして明示される。というのも、アンドレアは人を轢いて殺したくせに反省の色すら見せずに裁判官の両親に"お友達に頼んでよ、なんで俺を助けないんだよ!!"と逆ギレし、モニカもルーチョも目の前で人が死んだことに全く興味がなさそうで、その後もすぐさま忘れ去ったかのように平然としているのだ。

映画はなぜか三部構成になっていて、それぞれの挿話の間は5年も空いている。挿話の間に子供たちは成長し、人物たちの関係性も心情も変化したりしなかったりしているが、やはりこれだけ多くの人間を登場させるので確実に発散している。ルーチョの物語は、認知症の隣人が娘フランチェスカに性的嫌がらせをしたのではないかという被害妄想から、言い寄ってくる隣人の10代の孫娘シャルロッテに手を出す様が描かれている。"娘を守らないと"という被害妄想は娘を信じていないことに通じており、そこに未成年とセックスしたという問題まで乗っかってくるが、最終的には捌ききれずに"過ぎたことよ"みたいな最低の丸め方をしていて残念だった。娘は17になるまで何も知らないように描かれているが、それも無理があるでしょうに。アンドレアとその両親の物語はそれに対して"10年では埋まらない溝"を描いているが、"埋まらない"ことを描くのは一瞬で出来るのであまり時間は割かれていない(特に第二幕の無視されっぷり)。アンドレアの母親ドーラが夫ヴィットリオから解放されるという話は良いが、出来ればヴィットリオが生きてる間にやってほしかった。モニカの物語は頻繁に家を空ける夫とその不出来な兄、そして精神的な病を患うモニカの母親との関係性を描いているが、本当に設定を出してくるだけで何も起こらないので、意味が分からん。アルバ・ロルヴァケル出したかっただけでは。消化不良なまま大量の人物だけ出てきて映画内時間だけが経っていく感じはエマ・ダンテ『The Macaluso Sisters』を思い出した。

こんな精度の映画でもカンヌ映画祭のコンペに出られるのか。流石、お友達コンペ…

・作品データ

原題:Tre piani
上映時間:119分
監督:Nanni Moretti
製作:2021年(イタリア, フランス)

・評価:30点

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