ホセ・ルイス・ガルシ『Volver a empezar』あるノーベル賞作家の終活
保守的なアカデミーの他映画祭嫌いによる不思議な選出で毎年飽きもせず界隈をザワつかせる国際長編映画賞だが、特に80年代のイカれっぷり(褒めてます)は凄まじい。全体の出品作品数が今と比べて格段に少ないとはいえ、ノミネートの5本ですらどういう基準で選んでいるか分からない作品が並んでいる。特に受賞作品の中でも日本で公開すらされなかった二作品は海外でも圧倒的不人気を誇り、リスト制覇に狂わされた人くらいしか見ていない。本作品はその一本。原題"Volver a empezar"は"もう一度始める"を意味し、フランコ政権から解放されたスペインの新たなる門出を描いた作品となっている。
主人公アントニオ・ミゲル・アルバハラはノーベル文学賞を受賞した後、長らく離れていた故国スペインへと帰国する。街で旧友と再会して旧交を温め、短いスペイン滞在を満喫する。彼はなぜこの時期になって帰ってきたのか?彼は故国を思いながら亡くなったバークレー校時代のチリ人の同僚の話を聞いて、自身の身にも死が迫っていることから、終活を始めたのだ。ノーベル賞要素が激オシされているのに終活と絡まず、正に"水と油"という関係性なのは残念だが、一度捨ててしまったと同然の故国で終活をすることは、止まった時間を再び動かし"もう一度始める"ことに他ならない。映画は"30年代に生まれフランコ時代を経験した人々"に捧げられているのに、留まった人物ではなく出ていった人物を主人公にしたのは観光映画っぽさを正当化するためにしか思えないが。
と、確かに内容は物悲しく胸に迫るものがあるのだが、劇伴がパッヘルベルのカノン一つだけで、毎度毎度盛り上がったときや風景ショットとかに何回もぶち撒けて感情をベタ塗りするのがダサすぎる。作ってる時に"エモさ"で頭がバグったに違いない。普段映画音楽とかにほとんど言及しない私が言うのもなんだが、もう少し音楽を勉強したほうが良いと思う。
宿泊するホテルのマネージャーが短いアルバハラの旅に度々しゃしゃり出てくるのが本当に邪魔で不可思議。例えば、ホテルに国王フアン・カルロス1世から直々に電話が掛かってきて、ホテルのマネージャーがウキウキで奥さんに自慢する電話を掛けるんだが、そういう非常にどうでもいいシーンがせっかくカノンで盛り上げた物悲しさすらぶち壊している。よくアカデミー賞なんか取れたな(この年は『フィツカラルド』『路』『サン★ロレンツォの夜』が落選している)。
・作品データ
原題:Volver a empezar
上映時間:87分
監督:José Luis Garci
製作:1982年(スペイン)