アレクサンドレ・コベリゼ『ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう』ジョージア、目を開けて観る夢とエニェディ的奇跡
圧倒的大傑作。不思議な映画である。主人公となるリザとギオルギは偶然運命的な出会いを果たして一目惚れするが、彼らの視線は一切描かれず、画面左右端からフレームインする足、そして画面上端から落ちてくる本だけでそれらが描かれている。同じ日の夜に偶然再会し、翌日にカフェで会う約束をするシーンなんか、真夜中の遠景で捉えられているので、二人の姿は米粒くらいにしか見えない(暗すぎて米粒サイズにすら見えないかもしれない)。"一目惚れ"を描く映画において、ここまで視線も意識も交わらない映画があるだろうか。しかし、そんな甘い恋を蹴散らす要素が本作品を特異なものとしている。一点目は"邪悪な目"の引き起こす呪いによる魔術的な展開、二点目は監督が映画よりも情熱を傾けているというサッカーについてである。
一点目について、"邪悪な目"に目を付けられた二人は、翌朝起きると外見が別人になってしまい、自らの最も大切な知識/才能が失われてしまう。リザは薬剤師としての知識を、ギオルギはサッカー選手としての才能を失ってしまい、属するコミュニティを失う。外見が変わってしまうことを考えると、変わる前の描写が顔に興味なく、変化しない服装や仕草に興味があったのは納得できるが、特に変化後もそこに注目して変化前後の同一性を語ることはしないのが不思議。また、変化する瞬間はギャスパー・ノエ『カルネ』のように"Attention!"と字幕が登場し、観客に目を閉じさせ→開かせることで二人の外見を変化させるという、観客参加型のギミックを入れているのが面白かった。仕事も出来なくなった二人は互いが違う顔になったことを知らぬまま、互いのことだけを信じてカフェで待ち続け、遂にはそのカフェで働き始める。リザとギオルギはほぼ毎日顔を合わせながら、互いを待っているのだ。この平和な空気感や奇跡が平然と存在する世界観、どこか見覚えがあると思ったらエニェディ・イルディコーの諸作品である。特にエゲツないくらいサラッと凄いことになるラストは、『シモン・マグス』や『Magic Hunter』を思い出すし、直接的には『Tamas and Juli』とほぼ一緒。
二点目について、本作品はサッカーに主軸があるんじゃないかというほど、サッカーの話題が登場する。そもそもギオルギがサッカー選手であることや、メッシのファンであることを引いても、わざわざ舞台をワールドカップ開催時期としたことや、それに絡めて赤橋にあるカフェか劇場裏の露店で実況を観たり聴いたりする話や野良犬たちのコミュニティがどこでサッカーを観るかという拘りの話など、リザとギオルギの恋物語からひたすら脱線してサッカーの話を続けるのだ。これは、二人の物語の夢幻的な描写が現実世界にあることを提示しながら、サッカーも夢幻世界に足を踏み入れていることを示しており、両者は複雑に絡み合うことでどちらの世界にも根を張り花を咲かせていることを提示している。
サッカーと恋物語の合間には、街を歩く人々の映像など日常風景が挿し込まれている。これは、顔が変化した当初ふさぎ込んでいたリザとギオルギが徐々に心を開いていくように外に出ていく変化を示しつつ、二人の出会いが、そしてその後の展開が奇跡でありながら日常生活の延長線上に位置していることを意味している。だからこそ、"彼らの物語は日常で起こる様々な出来事の中に埋没していった"と名残惜しそうに言われてしまうのであり、それこそエニェディの『シモン・マグス』じゃないか、と。
・作品データ
原題:რას ვხედავთ, როდესაც ცას ვუყურებთ?
上映時間:150分
監督:Alexandre Koberidze
製作:2021年(ジョージア, ドイツ)
・評価:99点
・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品
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