私が福祉の世界にふと足を踏み込んだのは数年前、友人が福祉施設でのアートワークショップをやるのを交代してほしいと電話をもらったことがはじめでした。 アール・ブリュット自体には興味というより、学生時代から悔しい想いをしていたし、大好きでした。 そして施設でワークショップを数年したある時、何故福祉になんの境界線なく足を踏み入れられたのかを振り返ってみたのでした。 それは母でした。 母は元々色んなことに興味があり、常に弱者に目を向けていて、地道なところから誰かの助けにならないか
私が小学六年生だったころ、結構な期間を使ってオカリナを作った。それは特別私だけが何かをしたわけじゃなくて授業の一環だった。 土鈴をつくり、窯みたいなものを作り焼いた思い出がある。 余計なことだけど、30代になるまで昔の記憶はほぼ100%頭の棚に収納していたのに今やあやふやそのものである。 窯の記憶はぼんやりとしていて、土いじりが大好きな母の影響で色んな土鈴や焼きものを作ったことはあった。 ただ、楽器を作ることのステップアップに興奮して長い間楽しんだことや、絵柄に困った
期待をすることはなんですか? 結果何が得れますか? 何かをしていてそう聞くことも聞かれることも多いかもしれない。 私は縛られることもなく生きてきた。 単に母の努力だったように思う。 自分で発見して創意工夫して努力した過去もある。 その自信は自分で獲得してきた。 揺るぐことも多々あるけれど。 私が期待したり、人を束ねて引っ張って行く時。私は人一倍期待をすると高いハードルをかなりシビアなレベルで求めてしまうと思う。 もっといけるでしょう?もっといいものを。 と頑張っても頑
施設でアトリエ活動を開催しているときのはなし。 mさんは2017年夏頃から参加している方で、まだスタッフも私も彼のことが分からずキャンバスを渡したことを覚えています。クレヨンを触り、少し描きなんとなく違うんだろうと感じて絵の具筆を渡したときに手に(つかない)クレヨンで汚れたと思ったのか、感触がだめだったのか、目の前から逃れられないから嫌なのかこれっきり参加をしなかなりました。 その後数年間スタッフは何とかしてやってほしい。 そんな葛藤というかもう、相撲のようなやりとりを私
noteはじめました。 はじめまして。初丸 日和(はつまる かな)と申します。 今は福祉施設のアトリエ活動も一つのお仕事として行っています。そこで私の感じることやっていること。やれる事などを綴って行きたいと思います。 まず、お約束をします。 お約束 I promise.参加者がやりたくないことはしません。 When I hold art class, なので成果は求めません。 I will not do what you don’t want to. 今日なにもできな