見出し画像

20230402

 渋谷でカレー難民になった。ひと月前にネットで調べた神泉にある「副大統領」というカレー専門店に行こうと思って店の入ったビルを訪れたのだが、すごい行列ができていたので一瞬で諦めた経験から、この日は十一時半~十七時までの営業時間であることを確認し、あえて昼時を避けて十六時前に出向く作戦であった。ところが、それでも相変わらずそこには人々が列をなしていた。仕方なくわたしはその最後尾に並んだ。ラストオーダーは十六時半であったが、三十分あれば店内には入れるだろう、そう考えられるくらい(六、七人)の列だった。歩道と車道の間にある手すりのはめ込まれた縁石に座りつつ周りを見ると、カップルや一人で並ぶ中年男性やアジア系の団体など列が進んでもその代わりにどんどんと人が並んでいく。この人たちはラストオーダーに間に合わないのではないか? わたしは頭に疑問符を浮かべて、ついに歩道の最前列に立った。ふと、そこに立てられたプラスティックの棒に貼りつけられた、A4用紙に印字された文字列に目を向けた。「かつ丼 瑞兆」という文字列にわたしは唖然とし、列を離れた。そこは同じビル内一階に入っているかつ丼の店の列だったのだ。時刻は十六時過ぎ、まずい、わたしは慌ててビルの外側にある階段を上り、二回の奥に位置する目的地に急いだ。薄暗いビル内でも仄かに明かりが見えるミントグリーンに塗装された扉に手をかけようとすると、「本日のカレーは売り切れました」という手書きの文字の張り紙があった。わたしはがっくりと肩を落としてビルを後にした。これならかつ丼を食べるべきだったか? しかしわたしの脳内は完全にカレーを欲していた。スマホに「渋谷 カレー」と検索をかけてカレー写真を眺めて、近場の店舗を探す。次なる目的地はルーの上にステーキ肉をごっそりと乗せた写真が食欲をそそった「フラヌール」なる店だった。センター街を抜けて、Bunkamuraを通りすぎ、道玄坂の方へホテル街を通る。カップルや、プロの女性がラブホテルへと吸い込まれ、怪しげな年齢不詳の男たちがその入り口あたりで談笑している。文化村通りに面した歓楽街の奥にその店舗はあった。角地のセラミックの引き戸にまたしても張り紙……わたしは嫌な予感を胸に恐る恐るその紙に視線をやった。「本日臨時休業」その六文字はわたしを奈落の底へと落した。歩き疲れ、腹を減らした中年男性ほど惨めなものはない。わたしは再々度、スマホで検索をかける。すぐ近くに「いんでいら」というカレー店を見つけ、わたしは最後の力を振り絞って坂を下った。モスバーガーの入った商業ビルの地下、階段を下りたところにその店はあった。カウンター席で平皿に盛られたカレーをスプーンですくい上げる男性客の姿にわたしは安堵した。頭にタオルを巻いた初老らしき店長っぽい男が「カウンターどうぞ!」と勢いよく言った。わたしは端の席に座って八百円の野菜カレー中辛を頼んだ。素揚げされたかぼちゃやなす、インゲンやじゃがいもが乗ったとろみは少なめのルーと粉状のパセリが振りかけられたご飯が平皿に盛られていた。わたしは写真にその一皿を収め、銀のスプーンを手に取った。そうしてカレー難民の一日は暮れていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?