20230717
晴れて四十度近い、地獄のような酷暑だった。八月が怖い。ブッツァーティ『タタール人の砂漠』(脇功訳、岩波文庫)を読了した。あらすじは以前にも書いていたが、事件らしい事件はほぼ起こらず、国境の砦で北の荒涼地帯を望みながらやがて起こるかもしれない戦争への淡い期待だけを希望にして年月を重ねる、一人の将校に降りかかる世界の不条理を延々と綴る。まさに小説らしい小説だと、わたしは感じた。『百年の孤独』が叙事詩だと考えると、まさにモダニズムにおける小説の一つの完成形だと言える。これこそ言語芸術が成しえる一つの問いなのではないか。やはり、ハリウッド脚本術のような起承転結、物語構成の罠にハマってしまっている気がしてならない。映画、漫画、アニメーション、CGと活劇の表現メディアが多彩になった現代において、あえて言語で表現するということに意味を見出すことを改めて考えさせられた。
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