20241122
小川洋子『ミーナの行進』の英訳版が米TIME誌が選ぶ、いま読むべき百冊の中に入った。わたしは小川洋子作品を読む「小川洋子読書会」を主催しているーー最近はやんごとなき事情により滞っているので、なんとか来年から再開したいーーので、小川作品が世界で広く読まれること自体は嬉しい。しかし、今のタイミングでTIMEがこの作品を推すということにはどうも違和感がある。もともと、今作が発表されたのは二〇〇六年のことで二十年近く前のことだ。あらすじにも触れられているが、今作ではミュンヘンオリンピックのことが大きな背景になっていて、もちろんイスラエル選手団と警官が犠牲になったテロ事件の描写がある。
詮索しすぎと言われれば、そうかもしれないが、このタイミングで英訳されたことを訝っていた。そこへきてTIMEが日本の作品で唯一挙げたのがこの作品となると、どうもプロパガンダ臭がしてならない。もちろん、この作品は谷崎潤一郎賞を受賞しており、小川作品の初心者ならここから入るのをわたし自身は薦めたい。小川はあまり政治的発言はしないし、作品も閉じられた作品が多いのに対し、今作は新聞連載ということもあってか、彼女の作品としては珍しくリアリズムにのっとり、しかも社会と接続した開かれた作風である。そこが読みやすい点でもある。作品内では報道をそのまま描いたような感じだが、今のタイミングでその部分を読むとイスラエルの虐殺行為を肯定しかねない印象を与えてしまう。考えすぎと言えばそうなのかもしれないし、すべてが偶然かもしれない。それでも、現状のことと当時の話はずっと地続きで繋がっていることだ。当時の報道や『ミーナの行進』で描かれることは、そのことを踏まえて判断するのが妥当だろう。その上でこの作品をいまどう評価するのか、これを機に考えていければいいし、多くの人に読まれるであろうこれからも考え続けなければならない。小川作品には『ことり』や『猫を抱いて象と泳ぐ』など名作がまだ英訳されていないので、ぜひ英訳してほしい。