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スマホの誘惑とクリエイティビティ


スマホとドーパミン


今回はスマホがメンタルとクリエイティビティに与える影響について書きたいと思います。

2020年に出版されてベストセラーになった『スマホ脳』(新潮社)という本があります。この本はスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏の著作ですが、スマホが私たちの脳やライフスタイルにどれだけの影響を及ぼしているかということが、科学的に、かつ、とてもわかりやすく書かれています。その第3章に「スマホは私たちの最新のドラッグである」という記述があります。この章の冒頭を以下、引用させていただきます。

目につくところになくても、スマホがどこにあるのかは把握しているだろう。そうでなければ、この一文にも集中できないはずだ。朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすこと。1日の最後にやるのはスマホをベッド脇のテーブルに置くこと。私たちは1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に1度スマホを手に取っている。起きている間ずっと、いや、起きている時だけでは足りないようで、3人に1人が(18歳~24歳では半数が)夜中にも少なくとも1回はスマホをチェックするという。

出典:『スマホ脳』(新潮社、2020年、アンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳)


ここに書かれているように、現代人のスマホへの依存は深刻な状況ですが、これには神経伝達物質のドーパミンが深く関係しています。ドーパミンは、私たちが何か新しいことを学ぶと脳内で放出されますが、これによって人間はもっと詳しく学びたいと思うようになり、その欲求が人類の進化に役立ってきました。つまり、ドーパミンの分泌によって、「新しい場所に行ってみたい」、「新しいことを体験してみたい」という欲求が湧き、それが人類の生存に重要な行動を促進する役割を果たしてきたのです。

一方で、急速にスマホが普及した現在、私たちの注意・関心は、スマホからの情報収集に奪われています。例えば、スマホでプッシュ通知が来たとします。この時、「何か大事な連絡かもしれない」と思うだけで、ドーパミンの分泌量が増えます。そして、ついついスマホを手に取って画面をチェックしてしまうということを、私たちは10分に1回の頻度で行っているのです。


スマホが側にないと・・・


上述の通り、多くの人にとって、今やスマホは片時も欠かせないツールになっており、多くのことをスマホに依存しています。そんなスマホが一時的に側に無い状態が起きると、私たちにはどのような影響があるのでしょうか。これについて、アメリカのフロリダ州立大学コミュニケーション学部のラッセル・B・クレイトン博士らは興味深い実験を行いました。

実験では41人のiPhoneユーザーを対象に、スマホが側に有る状態と側に無い状態の2パターンで、単語パズルの課題(特定の単語を探し出す課題)をやってもらいました。スマホが側に無い状態では、実験者がわざと課題中に参加者のiPhoneに電話をかけ、その着信音が参加者に聞こえるようにしました。そして、課題の実施前後で心拍数や血圧を測定するとともに、不安のレベルについて質問紙で回答してもらいました。

その結果、スマホが側に無い状態のときは、スマホが側に有る状態と比べ、不安のレベルが平均13.4%上がり、収縮期血圧(上の血圧)は平均9.2%、拡張期血圧(下の血圧)は平均10.3%、心拍数は平均11.1%も上がることがわかりました。さらに、単語パズルの課題の成績は、平均28.8%も低下することがわかりました。

スマホに依存し切っている生活をしていると、一時的にスマホが側に無い状態が生じただけで、私たちの心身にこれだけの影響があるというのは驚きの結果ではないでしょうか。スマホへの依存度が高い人ほど、スマホを「自分の延長」と考える傾向が強いようです。そして、スマホへの依存度が高いほど、スマホが側に無い状態のネガティブな影響も強くなることが予想されますので、普段からスマホへの依存度を少し下げる努力が必要ですね。


スマホがワーキングメモリに与える影響


スマホから受ける別の悪影響として、脳のワーキングメモリ(作動記憶)の低下の可能性が挙げられます。ちなみに、ワーキングメモリ(作動記憶)とは、例えば、聞いたばかりの電話番号をスマホの電話帳に入力するまで覚えているなど、外部刺激からもたらされる情報の中身を意識にとどめている段階の記憶のことを指します。

アメリカのテキサス大学オースティン校ビジネススクールのエイドリアン・F・ウォード博士らは、スマホの「存在」そのものが、ワーキングメモリへの影響を通じて、私たちの仕事や勉強のパフォーマンスにどのような影響を与えているかを調査しました。

実験では、275人の大学生を対象に、脳のワーキングメモリのパフォーマンスを測定する課題をやってもらいました。その際、参加者を以下の3つのグループに分けました。

・グループ1:スマホを机の上に置いた状態で課題を行う
・グループ2:スマホをポケットまたはバッグに入れた状態で課題を行う
・グループ3:スマホを隣の部屋に置いた状態で課題を行う


結果は、スマホを机に置いたグループが最も成績が悪く、最も成績が良かったのは、スマホを隣の部屋に置いたグループでした。ちなみに、スマホの電源を切ったかどうかは成績に影響しませんでした。つまり、電源を切っていても、机の上、ポケットやバッグの中など、手の届く場所にスマホがあるだけで、脳のワーキングメモリに悪影響を与える可能性があることがわかりました。

スマホが手の届く場所にあるだけで、電源が入っているかどうかにかかわらず、私たちの脳は、「スマホを使いたい」という誘惑を必死に抑制しようとして、認知資源を浪費してしまうようです。研究者らはこれを「頭脳流出仮説」(Brain Drain Hypothesis)と呼んでいます。

その結果、ワーキングメモリのパフォーマンスに必要な認知資源が不足してしまい、成績が低下してしまったのではないかと考えられます。

また、普段からスマホ依存度が高い人ほど、スマホを手の届かない場所に置くと効果的であることも研究で明らかになっていますので、仕事や勉強に集中したい時は、スマホをできるだけ手の届かない場所に置くことを心がけましょう


ここまで見てきた通り、スマホへの依存度が高い生活をしていると、いざスマホが側になくなった時に不安や血圧、心拍数が上昇する一方で、スマホが手の届く場所にあることで、ワーキングメモリの働きが低下してしまうということです。不安が高まることも、ワーキングメモリの働きが低下することも、メンタルヘルスやクリエイティビティにとっては良くないことですので、スマホへの依存度を普段から下げる努力は大事です。

一方で、スマホはふと浮かんだアイデアをメモしたり、気になったことをすぐに調べて、アイデアのストックを充実させたりと、大きなメリットがありますので、自分なりのルールを決めて、適度な距離感で付き合うことが肝要ですね。(言うは易しですが・・・)

参考文献:

・アンデシュ・ハンセン. (2020). スマホ脳. 久山葉子訳) 新潮社.
・Clayton, R. B., Leshner, G., & Almond, A. (2015). The extended iSelf: The impact of iPhone separation on cognition, emotion, and physiology. Journal of Computer-Mediated Communication, 20(2), 119-135.
・Ward, A. F., Duke, K., Gneezy, A., & Bos, M. W. (2017). Brain drain: The mere presence of one’s own smartphone reduces available cognitive capacity. Journal of the Association for Consumer Research, 2(2), 140-154.



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