「エンドロールの片すみに」(全300首) 風野瑞人
『エンドロールの片すみに』(全300首) 風野瑞人
『ダーク・マターにつつまれて』
恒星間横たわる闇 身も蓋もない地球にもいまあるということ
生老病死愛憎バイナリー・データにされるモノクロの日々
ぶつかった空気と空気吸い込んで煤にまみれる裏通りのファン
雨雲の流れつく先いきもののチキンレースをヒトがさえぎる
教会の鐘がいくつも鳴っている脳を塞ぐ遮光カーテン
トンネルの向こうに誰かいるはずと削りに削ったことばを投げる
棲みついた頭のなかの黒鉛が膨らむ夜半 あなたに逢いたい
さようならそれぞれの明日絶え間なく灰にまみれた末裔たちよ
道化師が錬金術師が黒紙に黒炭でつづるノンフィクション
右眼から検査したがるこの国の中心あたりで拡がる暗転
『羊はアンドロイドの夢を見ている』
退屈な日々懐かしくアトミック・シンドロームの隣の未来
終わりから始めていって陽のあたる模造の天寿をせがむクランケ
ペルセウス撒き散らす星 偽りの明日のほうへ人をいざなう
沈黙が枕辺に立つ 誰ひとり気づかないままの義体の影絵
光速で駆け抜けていく01の喘ぎの声と最後の言づて
脳内の回転木馬のデッドヒートAIよりも速いめまいの
次世紀を言祝ぐ仕草ひとときの甘さ軋ませるだけの蜉蝣
朽ちていくひかりを送るアンテナ群 やっぱり海に還れというのか
大気光に抱かれ争う水の星 仔羊夢見るアンドロイド
『虚数になりたい』
打ち込んだ懺悔の画面くずれだしグレースケールをつくる文字列
空白むころになっても割り切れないままの裏切り 虚数になりたい
月蝕の写真いくつも液晶に流れていってうっすらと死ぬ
糸電話ひかりになって張りつめたカナリアの声いまは聞こえず
水底にいたいと思う 情報もびしょぬれにまでなっては来ない
今日何を見つめて何をしていたか何が壊れたかもただのログ
一日のダークサイドを遊園地の本音に換える月のかがやき
さびしさの反物質とは何だろう掌の上でゆれる糸くず
豆として生きても種になれぬことレプリカントの映画に降る雪
一抹のさびしさなんてニューロンの細い柱のなせるたわごと
『慣らされた天球のなかで』
影法師うずくまっている昼下がり 昼の月さえ息を殺して
マーブルの色えんぴつでおやすみと書けば遥かな銀河になれるの
ひとりごとくり返すくせ埋めながら誰かの星のために働く
他人(ひと)の眼の空と自分の眼の空の群青の違いに気づく筆
十五年ぶりの火星よアンフェアを残さず焼きに来るのはいつに
彗星がひっそり部屋へ降ってくる「さよなら」二度と言えないように
恒星さえヒトの遺伝子気にとめずすべての未来を貪ろうとする
指先のすこし痺れる夜 星と一緒に切れるシナプスの音
革靴を履かない日々に慣らされた天球のなか暮らしてはいる
『ヴァン・アレン帯の粒』
喪ったこころ集まり海と呼ぶいびつに丸い水性の星
いくつもの流星群を整備する工場のような大気の厚み
地球へとすべてのデブリが降ればいいあまたの願い受けとめながら
かんたんにすり抜けていく素粒子のように地球を射抜くさびしさ
太陽のわずかな火の粉それだけであっさり途切れる億万の声
ひと吹きで世界を壊す火の舞いの楯が帯だと知っていますか
昇らない、落ちない、ずっと包みこむ、ヴァン・アレン帯の粒になりたい
いつか真空崩壊が宇宙から来るまで遥か 粒子の眠り
『不条理な雨たち』
まどろみを融かし始めた雨雲の空飛んでいる鳥に目をやる
滲みてゆくトワイライトの霧雨の終わる日なんだと言いたげな色
バス待ちの肩濡らすものかつて見た電気羊の未来の面影
偽って偽ったのにどうしても雨は雨から変わろうとしない
虹を見てだまされないで夏の日の蟻のうしろに並ぶほうがいい
この星の意味さえ測れぬ降雨計 砂漠が黙って吸い取ってゆく
収まらない不穏のみちすじすぐにでも降りてきそうな空を成すもの
『足りない世界で』
本当に大事なものを見失い壊れるヒトの半減期を看る
砂ばかり浴びつづけている 仕事場の絶えることない悪いジョーク
伝わらない伝えられない スクランブル交差点のゼブラのかなしみ
壁面のスプレー落書き誤字を追うアルファベットの半端な怒り
真夜中の前にしっかり最終の電車で「私」を破棄させておく
廃線の車庫にたたずむ錆びついた路面電車のような胸中
あてもなく長針を追う午前二時自分の終わりへ想いをはせる
『終、TSUI』
ぜんまいの錆びつく姿やがてなる自分のことかとグーグルに訊く
本棚でひっそりとする台詞たち 私の「終(つい)」に耳を澄まして
『終着の浜辺』という名のSFの一ページ目さえ読むのをためらう
雨として沈みたかった 営みの果てはやっぱり土しかないのか
ラベンダー香る時間の回廊を下っていこう ひとりのけじめ
錠剤を飲みつづけても閉じていく 愚かな行為の生と消滅
開かないドアを眺める最後まで読まれなかった言づてのように
コンパスの針指し示す行く末を記した地図の瑞々しい死
すじ雲の筆致がことばに見えてくるいずれ失う名前のような
かすれ文字似合うすべだけ身に付けるいつかうす墨色になるまで
『フラジャイル』
フラスコのなかでそうっと息をするように世界の匂いがしない
東京のカラスの街から帰り着く 部屋には醒めたひとの空蝉
取り返しつかない日々に満たされた能率手帳にしるしをひとつ
人の持つ弱さの分だけ詩に帰すレイモンド・カーヴァーいまはなく
セロファンのようにめくれた市街地の端から皺が寄せられてゆく
からくりの人形真似て黙々とことばを置いて帰ってゆくひと
行間の賑わいよそにソネットを綴りつづける 並行世界で
街じゅうにあふれる鏡 パパラッチ 真面目な明日を壊す閃光
折り返し地点を失くしたマラソンを止まれないまま微熱の少年
鳥たちの泳ぐ空には鳥たちのよるべない日々照らす陽があり
黒くても羽さえあれば都市の上ソリストとして理不尽を謳う
道端の小さなネジの錆びていくさま見張る監視カメラ
戦争がいつから火事に 生かされている感覚をハッキングされ
戻れなくなる川の名を知らされた「普段」と呼ばれたせせらぎだった
置き去りの記憶ばかりを飲みすぎた孤島のようなビル街の嘘
つぎつぎと回転ドアの誘惑に押し出されていく 異邦人として
トランプで決めた数字の日の夜に屋上から見る景色の違和感
世田谷線すれ違いざま刺さる眼のような時間の怖さが満ちる
鍵穴のなかに答えがあるんだと信じるすべさえ隠すこの街
『ラスト・ワルツ』
うっすらと埃をかぶったグラスへと注がれなかった時間を飲み干す
砂時計わずかに残った色粒を見ているうちに切れる電球
足あとのとどめの儀式 雨穿つコンクリートの一室に鍵
目覚ましをOFFにする日の曇り空ガラス戸たたく別れの音色
緞帳を降ろす暮らしに慣れてゆく ヒトの余命のボタンを押して
細胞のひとつひとつの終焉を受けとめ軋む車椅子の声
そくせき とひらがなで書く 過去を抱き亡くなるひとに手向けるやさしさ
締めくくるニュースのようにステップを進化の果ての変わらない死
気づかない痛みにいつか潰される日までは「い・の・ち」とワルツを踊る
『また、ブルーマンデーから』
月曜の亡霊の声さあおいで人生はいつもカーニバルじゃないか
目に浮かぶ地軸のように傾かせ液晶を見る無言の人々
窓を拭く男の視線が伸びてゆく オフィス見渡す鉛の背の先
ダイス振り奇数だったらポケットの奥の錠剤を多めに飲む
引き算で帳尻合わせる人生の悪い習慣 ダーツと同じ
友だちを思い浮かべて友だちがいない うしろはきっと金曜
たくさんの雲に囲まれ週末の空と私は互いにひとり
雨ざらしの高圧線の鉄塔の黙殺された時間が重い
掃き溜めで朽ちる枯れ葉の人生の声を吸い込むアスファルトの目地
無言という吸音材につつまれた会社にロング・グッドバイを
ゆっくりと絶望していく音を吸う雪夜のコンビニエンスストア
あなたにはあなたの蜃気楼がありみんな不安をぼんやり見ている
『帰路、今日の微塵に』
見せかけのやさしさ百円均一のおやつを配る 雨乞いのよう
完全というかんむりを振りかざすひとから逃げるタイムカード
できるだけコートの襟を立て帰る来し方と行く末の間で
身から出た澱みつぎつぎうすめていく歌を頼りにバス停に着く
引き算をするクセだけが純粋なべったり黒いこの空の下
表情が映えそうにないカンバスのやぶけた角に自分が見える
ペルソナを剥がし机に置いたまま夜にもたれる ひどく静かだ
アルファ星ひと吐きすればこの星も理不尽もろとも塵へ還る
『やわらかさに、渇く』
いのちってひらがなのほうがやわらかい5Bの鉛筆つづる言霊
変わりなくあのひとは硬い息だった ただただささやく機械だった
つつみ込む乳房の記憶とうになく砂に隠れた丸みが気になる
A4のファイルにおさまる人生に果たしていくつ微笑めただろう
曲がりかど曲がりかどって唱えたらまあるいひとへ還っていけるの
口癖は「さようなら」っていうひとの掌にゼリービーンズを置く
暮れていくホームの色に取り込まれ 通過電車がやさしく見える
三角の屋根から落ちる雨音のひとつが世界でいちばんやわらか
『減りゆく世界に生きている』
忘れない涙を遣って 一本のきれいごとの植樹なんかより
ぷつんぷつん切れていく糸絡まってどこかの時代のミイラのようだ
細い眼をさらに細くしどれだけの彼方の不幸を引き寄せているの
消えそうなことばで紡いだくちびるの嘆きを刻んだコインの表裏
そこにいた人 星くずに 重力のレンズに歪み私の宇宙へ
オーロラの降りてくる日に亡くなられ 新聞の片すみに載せられ
年老いたビルにすっかり囲まれた地の万華鏡の変える負を見る
うつむいたドライフラワー胸に挿し傾いた都市の小劇場へ
『ディスクロージャ―』
絵になると言われつづけて微笑んで裸にされて風のつめたさ
情報のスコール止まず みんな目も耳も闇へと連れていかれる
ゆっくりとスマートフォンを裏にするさてどこからが密やかな時
血の色を忘れかけてた血のなかを流れることばで覗く事件簿
人が人壊すしぐさを遠巻きに見ている自分の脈ひびく街
ペインティングナイフで伸ばし蓋されたあなたや私の嘘の理(ことわり)
だしぬけにさよならで済ます街角に溶けだしている本当のこと
万華鏡越しの街並み とどまらない事実見つめる黒猫といる
『ひとりごとを記す』
夕暮れの胸元を行くキリンたち日記を書こうと思ってしまう
枯れだした多肉植物 甘い水 弱まる吐息 みんな過去形
疑問形かかえつづけているうちは月の裏側のような平和
「諦め」をどう書けばいいごんべんの点からにじむほそいかなしみ
ドップラー効果で去っていったひとの置きざりにした叫びを拾う
残っている時のひかりで今日も詠むラスコー洞窟の描き手のように
水の星のことばはどこに 本棚の詩集がぽつんと音を立てる
「開かれた窓」という絵の題名が唐突に浮かぶ 閉じた瞳に
あなたから始まる星があるとして夜のかたちをソネットにする
ひっそりと化石になりたい 探されない無名の樹木の葉脈でいい
くりかえし潰れつづける雨粒とひとりごと記す水の駅です
『偏在のキリン、遍在のキリン』
ぼんやりと夜をたどっていくうちにキリンの眠りになりますように
ひとりごとは風に舞って どの窓も開けてもらえずキリンを思う
いちめんの群青が降る 目を閉じたキリンのようにふるえるまつ毛
指先の触れあう記憶 あんなにもキリンの時間を運んでくれた
はしっこの黄ばんだ詩集いつか見たキリンの涙と同じ色あい
火星には火星の履歴 ため息をやめてとキリンはささやくのだろう
これ以上見えるなら死を真夜中のジャングルジムにキリンはいない
こんなにも世界は林立するのねと途方に暮れたキリンの影絵
虚構には虚構の春を ほんとうのキリンはきっと愁いと生きる
あかね空満ちる名もない平原でキリンとゆっくり話をしたい
『とうめいな星』
遠浅の空 五月晴れ やまいだれ 青さのせいで生死が軽い
どこまでも見えない夜の切り岸の声受けとめている不整脈
弱々しく左の胸に巣くう音セントエルモのひかりはどこに
思惑も止んでしまった冬の午後かなしみだけが透き通ってゆく
紅茶淹れ砂糖を入れて血を入れてすべての日記も入れて飲み干す
死はいつまでも静物画 赤々としたリンゴがますます赤くて
かさぶたのように真夜中むず痒くブラックコーヒーひと息に飲む
眠たくて朝霧のように眠たくて砂糖細工をひとくち含む
両肩に刺さったままの想い出を抜くために塗る青い軟膏
海深く電気クラゲの明滅を見るのは誰か 人とは何か
吹き抜けの秋の天窓さびしさを留めておくにはほどよいかたち
曖昧があいまいに変わる毎日を自覚している 夜の蜘蛛を見る
ひとりだとできないこととひとりしかできないことの谷間の笹船
生きている生かされている音階の狂ったままのピアノをたたく
なくなってしまったものの繊細をキリンのまつ毛のように弔う
ウミガメの旅路の果てと呼ぶような渚はどこに 千の人波
こなごなの安定剤の白すぎる粒に重なる遠浅の夏
『エンドレス・エンド』
ピアソラのバンドネオンが泣いている この世界に果てる音楽
手を合わせる コスモス畑の絶える日のセピアの土の痛みを感じ
人が人らしく生きる日 置き去りにするというならヒトと呼ばせて
動悸呼ぶあまたの動機の因数が同期されるたび終わりの胸へ
日常を降ろす幕などどこにでもあるというならいますぐ降りるさ
積み木積み木 重ねるたびに近寄っていく さよならから抜けた文字へと
無音という音が教えるいつまでも陽射しは陽射しを焼き尽くせない
くちびるから何度も絶えたいくつものことばと甘いリップの色彩
すれ違うせりふが壁にぶつかって戻って来るたび消える人々
『すこしだけ庇をください』
青いってつめたいことだと知る空の隠しつづける届かない距離
摩天楼などと呼びたくないほどにビルの群 路面電車の墓標
世界じゅう不協和音のスコールに打たれてきっと傘が足りない
孤独にも経済合理性求め色褪せていくセブン・イレブン
掃除機にいつも吸われるひとの目に見えないひとりぼっちの埃
痩せていく余命の抗う意志見つめぽつんぽつんと点滴降る地球(ほし)
オーロラを水彩絵の具で描いてゆくようなひとりになればいいのか
生きている声なき声と向き合った耳を休める庇をください
『失った傘を求めて』
ひとりだけ行方知れずの道のよう降っても降っても傘に逢えない
気づかずに水遣りすぎたサボテンがベランダで吐いた滴の砂色
止むことなく踏まれ踏まれたアスファルトの痛みが響くレインコート
いつの間に埋め尽くされた曇天と空(くう)をつかみそこねた姿
透明なごめんなさいのスコールが窓をたたいて濡らそうとする
空もよう気にするひとも亡くなった部屋のつめたく錆びついた鍵
真夜中に「私」の雨の鋳型とるようにまとわりついてくるベッド
目に見えないものばかりを怖がっていつまでたってもさす傘がない
容赦なくこころもからだも抑えこむ齢(よわい)をつつむアンブレラを
『自分の変わり目』
いくつもの不安の雲のミルフィーユ あたりに目をやる時おりひかる
冷淡な風が朝から舞い始め「果て」がないなら「遠く」を教えて
晴れている他人事の空 すっきりと先の先まで赦しのない青
ひたひたと染み込んでいく気配から声が聞こえる 否 否 否と
失った手でぽつぽつと旋律を追うひとのように虚ろでいたい
一日を逆さに巡る ため息をつく隙もないショーウィンドウ
雨雲の喩えばかりがこだまする頭のなかの涸れた野原に
「自殺総代理店」の古本を買った帰りの影を見ている
『難病の雨』
ストロベリームーンいくつも呟かれ人工呼吸の人にも昇る
団らんから遠い枕辺 消毒のなされたことばで語りかける
血中の酸素濃度で推し量るいのちの叫び 今日は小さい
仮名文字でせめてカイゴと書き臨む 難病の雨に沈む病院
微熱にも微熱の意地があることを細い曇ったチューブに知った
顔のないオフィスのような病室へ生かされている訳を訊きにゆく
乾くから世界を見る目が渇くから動かないひとに落とすマイティア
あじさいを打つ雨集まりできた川そんな気づきで誰を救える
丸まった金平糖のようなひと支える支えの支えをください
赤い月はんぶん黒い夜の窓 集中治療室にさす影
『未完生・未完死』
エアコンの止む日は来ない 季節からいちばん遠くたたずむ病室
「ふれあいが大事」の嘘にさえ触れるすべないひとに仕事で触れる
摂り込めないものなどないと物言わぬランゲルハンス島だけ元気で
審判を待つ心臓が何度でもあがこうとする パルスの数字
誕生日来るたび弱まるシナプスの絶望の声を余命と呼ぶのか
まぶたさえ開ける力を失ったあなたにささやき手伝う日めくり
感覚の器官すべてに送り込むことばのなんと弱い存在
聴く力だけを最後に残す訳こそ最期に訊きたい箴言
喩えれば閉じ込められたらしい猫 おやすみなさい明日も来ますね
夜深くひとりバス待つ息の白 シュレディンガーの箱のなかの色
『生(せい)の終わり』
残されたいのちの空中庭園を思い浮かべるセミファーラー位
陰洗のボトルがコーラだったころ何処へ行こうとしていたのだろう
「お迎え」と口をそろえるたそがれの施設の空に雲ひとつなく
やさしいと認知の方が言うたびにうす汚れていく私の白地図
生きるため生き残るため人を看る まるで雲でも眺めるように
すこしずつ近づいていくその時のむらさき色のくちびる目にする
どうすれば下から上へ水は行く 問いをつづけた細胞が死ぬ
『ファミリー・ツリー』
音もなく人気(ひとけ)も失せた浴室のたったひとりの父の幕引き
帰れない川を渡ったその刹那いろはにほへとちりぬるを我が世
赦さない 誰が縁(えにし)を切ったのか三年前の父のつぶやき
達筆な肩書褪せた代々の写真にひと葉のレモンバームを
足跡(そくせき)を辿る父の部屋 ひとつずつ写真を剥がし破いて捨てて
月の裏 人の裏 嘘のフェアネス 自分を流れる血も汚れている
特別な故(ゆえ)を背負って伸びていく影に重なる私 でも 父
終えること消すこと壊してしまうこと区切りの動詞で絶ちたい血脈
家族より身体をつつむセンサーに見守られている明日を想う
試験管育まれてゆく「人間」のファミリー・ツリーの遠心分離
『いのちの感触』
消えてゆくアイデンティティを組み上げたDNAの螺旋に触れたい
まだ何も始まっていない 終わり方考えるほど終わるのか脳は
指で押すたびに果実のだらしなさ 人間だって同じ生殖
砂糖菓子舌でころがしトロトロと唾液あふれるいのちの約束
声がけにきちんと応えるひとたちを支える私の不規則な脈
不穏から遥か彼方に行けなくて羊の群のレムとノンレム
もういいと言える権利もなく鬱の留まっている音を聴きたい
アンテナが折れてしまってごめんなさいアポトーシスが始まっている
縫い閉じてフルボディの赤ワインのようにざらっと残る血の痕
『離れあってしまう種(しゅ)』
右の人も左の人も神の子も一度折ってみませんか、鶴
薔薇の茎持つ指先に流れ出るあちらこちらの人の振る舞い
真夜中のバッチ処理でも届かない報道された愚かな一日
新皮質進化するたび寛容の声うすらいでいかずちとなり
遮断呼ぶネットワークの海原をさまよう願い 文字の箱舟
ゆっくりと死にゆく星に目をつぶる八十億もの寝息が聴こえる
つながりに割り入る鋏 電脳のにぶいひかりにひとりと定める
この星の塵になるんだ かつていた種(しゅ)とすこしだけ語り継ぐため
『齢(よわい)のたそがれ』
果てしなく歪みつづけて水の星ひとりひとりの砂漠の始まり
白黒のころがる毛束が溜めてきたことばにできない齢のたそがれ
寿命とは見えないガラス傷ついて毎日なかから蝕まれてゆく
してることさせられてること炭鉱のカナリアよりも小さく呟く
顔のないひとの連なる現実の車窓に檸檬よひとつ香れ
繰り返す積み重ねていく 嗤いつつ飲み込むわたしのブラックホール
紙巻のたばこのように返事する けむりの末裔 そうか死ぬのか
曜日のない国がどこかにあるのなら来る日も来る日も冥土を想う
『日々、あきらめて』
甲斐のない日を描く絵の具なくなってイーゼルわずかに軋みをたてる
朝あけどき見下ろす背なか今日どんな自分を私は見切るのだろう
やさしさという剃刀の流す血をペン先につけ書くダイアリー
カーテンにマニュアルなんかないように誰も知らない明日のあけ方
いつ誰がファミリー・ツリーに水を遣らなかったのかを教えられた日
段ボール箱へ時間を詰めるたび家族の扉の閉じてゆく音
街角で偽のコインが錆びている あえて見過ごす防犯カメラ
早々と落ちた花びらどの街もひっそりと消える役柄がいる
「生きること」3億ヒットの検索の結果に漏れるあきらめの息
『エンドロールの住人』
摩天楼、摩天楼ってあと何回となえれば終わるヒトの欲望
鉄塔の高圧線から雨の日に逃げだすエネルギーの良心
ビルの谷 こだまする声 いのちってしたたかなほど脆くできてる
そのままで見事にさびしい快速の電車とホームのすき間を眺める
みんな死ぬ映画のフィルム切り揃えいかがですかとたずねる美容師
影だって自由になりたい 引力を気にもとめない雲のように
点滴のぽとぽと落ちるささやきが終わりのほうへ木霊してゆく
気まぐれに揺れる若葉がまぶしくて部屋に留まる人工呼吸器
アルコール消毒したら完璧な明朝体で果てられますか
分けあえるものを失くした家々の風見鶏にはくちばしがない
「あなた」ということばを埋めるためにまた掘り返されるアスファルトの道
まなうらの止まないスコール アフリカのゾウはこころを聴き分けるという
恐竜の末裔として謳歌する鳥の翼を描くペンがない
伸びていく 成層圏へ ひたむきに木の育んださようならの実
つぎつぎに立ち去るひとたち ひとりまだエンドロールの片すみにいる