Chat GPTは言語の壁を越える?~AI翻訳のさらなる可能性
先日、私の事務所のウェブサイトに「AIは法律実務を変えるか~Chat GPTの到達点」とのタイトルで、Chat GPTの現在の到達点と可能性についての記事を公開しました。文書作成補助者としての優秀性から、具体的な展開としての議事録やヒアリングメモの作成補助などは、実務への応用可能性を感じさせるといったコメントもいただきました。
ただ、上記の記事では、私が現時点で潜在的可能性を感じており、かつ実際の実用レベルでも相当便利だなと思っている点には触れていませんでした。本記事は、その点について紹介します。
(※上記は事務所のウェブサイトに掲載したものです。)
最大の可能性は「翻訳」にある
Chat GPTの最大の可能性を感じている点、それは端的に言ってしまえば「翻訳」ということになります。そんなの知ってたよ、という声も聞こえそうですが、これが凄いんです。機械翻訳の定番ツールといえば、従前から(といってもここ数年前くらいからですが)絶対不動のDeepLがあるわけですが、Chat GPTは、DeepLよりももっと質の高い翻訳を出力しているように思います。
実際の例を見てみましょう。最もシンプルなプロンプトを用いて、上の段落を英訳してみました。
日本文のニュアンスをきちんと理解した上で、十分に実用的な英文を出力することができています。DeepLは、入力された英語をあくまで直訳することに徹しているツールですが、Chat GPTは文意から推測して英語を作成しており、少し特性が違っています。
私は法律実務の仕事として英訳・和訳をする場面も多かったことから、かねてから様々な翻訳支援ソフトを使っていましたが、ロゼッタの翻訳サービスが出たときは画期的だと感じました(※その当時の紹介記事がまだWeb上に残ってます)。そうこうしているうちに、DeepLが圧倒的な能力を見せつけるようになり、これも衝撃を受けました。
そして、このChat GPTの性能は、DeepLをも置き換える可能性があるとの印象を受けており、まさに数年おきにイノベーションが一つ上のレベルに進む現象を目の当たりにしているようです。
(※なお、現時点では、Chat GPTにWeb上で入力されたデータの守秘性が担保されていませんので、そのまま業務に使うことはできません。)
Chat GPTは有能なトランスレーター
Chat GPTが凄いのは、翻訳の発展能力がある点で、あたかも有能なトランスレーターかのように、オーダーに応えてくれます。例えば、文意を維持したまま、出力する英語のトーンをカジュアルにも、フォーマルにも調節するといったことができてしまいます。
確かに、カジュアルなものは「ヘイ!Chat GPTってイケてるぜ」的な文章になっていますし、フォーマルなものは、どこかのニュースサイトに書いてあるかのようなものになっています。
ここまでくると、日本語で筆者が考えている以上のものを英語で提案してくれる、言語に精通したトランスレーターともいえます。
Chat GPTは有能なファシリテーター
さらに、Chat GPT は有能な会話のファシリテーターにもなります。関連する話題を広げて、さらに文章を作成してくれ、以下のような要領で、いつまでも会話ができるのです(しかも指示は日本語)。この記事はAIが翻訳に用いられる可能性について書こうとしていますが、AIに先に出力されてしまいました。AIに書かせた方が良い位の内容になっています。
母国語でない言語で物を書くというのは、かなり頭を使う作業です(私も、深い思考を要する場合には母国語である日本語で考えて、英語に変換するという工程を頭の中でしているように思います。その境界線は分からないのですが)。こうして、多言語で様々な示唆を与えてくれる機能は、非常に有用ではないかと思います。
概念 to 概念の言語転換
このように使ってみて気付くのですが、これまでの機械翻訳は、あくまで「ある言語の文章」を「他の言語の文章」に変換するという機械的な作業をしていたのに対し、Chat GPTで行われている工程は、「ある言語の文章」の意味内容を一旦概念レベルで理解して、「別の言語の文章」の概念レベルのアウトプットを探してきているような印象を受けます。
簡単な概念図を作って、対比してみました。
そうすると、今までは例えば、日本語話者と英語話者が、「日本語」→「英語」、「英語」→「日本語」で会話していたのを、Chat GPTを介して、「日本語」と「英語」で直接的に会話することが本当にできてしまいそうです。
これって、まさに人間の脳がやっていることに近いのではないでしょうか。シンギュラリティがそう遠くない将来まで近づいてきている予感がします。
Chat GPTが言語の壁を越えられるか~契約条項で試してみる
Chat GPTは、もともと翻訳に特化したツールでもなく、大規模情報を持ったAIなので、言語の壁を気にすることなく、外国語でのアウトプットを得られるという可能性があります。
折角なので、リーガルの分野で考えてみると、例えば、日本人が、英語の契約条項を考えるときなどに有用な可能性があります。私もそうですが、英文契約をレビューしているとき、「この条項を修正して、あの概念を規定したいがどのような言い回しが良いか」を考えることがあり、そのような場合には過去の類似の英文契約やストックなどから、フィットする表現を探して見つけてくるということをやっています。このプロセス、実はChat GPTが見事にサポートできるのです。
例えば、英文契約で、売主の損害賠償を制限する条項を提案するよう、Chat GPTにお願いしてみました。
さらに、いやいや、自分が知りたいのは損害賠償を具体的に制限する条項なので、その点を深掘りする依頼を日本語でしてみました。
日本語での指示にも関わらず、この程度の内容であれば、的確にアウトプットを出してきます。アウトプットの内容も、よく見かける条項になっていて、特に問題もなさそうです。これは驚きですね。
それでは、逆に英語から日本語への転換はどうでしょうか。
私が日本語の話者で「自然な日本語」の感覚があるからなのか、日本語が難しいからかは分かりませんが、概ね意味は通じるものの、使うには少し手直しが必要な文章になりました。Chat GPT自身に、このアウトプットをさらに改善するよう求めることもできます。
日本語でも、ある程度は使える内容になっています。もう少しというところですが(これは日本語の契約書の情報が少ないということなのでしょうか)、ここはさらに改善していくでしょう。
まとめ
以上、Chat GPTの翻訳ツールとしての可能性や、リーガル分野での利用可能性についても、具体的に紹介してみました。
現時点でも、すでに実用化レベルと言っても過言ではない性能を示しています。日英の言語間で仕事をすることも多い我々のような弁護士にとっても、利用できる可能性がかなりあり、言い換えれば、脅威にもなり得る存在でもあるように思いました。
今後、契約条項や裁判例情報のデータベースなどと組み合わせることで、より精度の高い、リーガル分野に特化したリーガルテックのサービスが近い将来に登場するのではないかと期待しています。