(夏休み企画)晩夏の水俣を歩く—水俣小旅行記—
(デジタル版編集部注)
以下の記事は熊大新聞の記者が夏休み中に旅行した時の体験談である。
湯の児温泉の猫
(夏休みなので誰も話し相手がいないために)新聞社を追われ、逃げるように訪れたのは熊本最南端の水俣だった。以前訪れた時は4月なのに恐ろしく暑かったが、9月末の水俣は意外にも過ごしやすかった。湯の児は往時よりは若干静かになってしまったそうだが、それでも十分に風情のある温泉地で、むしろ記者のくせに人が多いところが嫌という筆者にとっては過ごしやすいくらいだ。峠を越えて不知火海に沿って張り付くように旅館街が形成されている。
「山海関」は木造本館の左右に鉄筋コンクリート造の建物が増築された巨大旅館だったが、2015年に倒産。今では瓦が落ち蔦はからみ、日暮れどきの薄暗さも相まって更に侘しさをかもしだしている。しかし、廃旅館の近くで転がっている湯の児猫が無礼千万な熊大生の愛撫も鷹揚に受け入れ、あくびしつつ海岸沿いを睥睨しているあたり、「寂れている」という表現は必ずしも適当ではないのかもしれない。
それにしても、水俣の魚はなんと美味しいことだろうか。なにを食べても美味しい。朝飯さえろくに作らぬ不精学生のことだから、鯛のあら炊きや鰆のあえものが喉が震えるほど美味しく感じる。酢の物が美味しく感じるのは成長の証か老いたるゆえか、それにしてもなんでも口に合う。
水俣病歴史交渉館
小高い丘の上に建つ水俣病歴史考証館は一度訪れるべきだろう。形式的な水俣学習を超えた、脳天を殴られる衝撃の後に、「考える」ことができる。展示される資料の一つ一つ、そして施設そのものが、水俣で生業を持ち暮らしてきた漁民―患者やその家族の苦闘を観る者に克明に映し出す。館内設備の関係上、むしろこれから涼しくなる季節に訪れるのも手だ。
国境のまち….うなぎの話
水俣を歩くと、鹿児島ナンバーの車をよく見かける。職場が県境を越えて向こうにある、買い物はこちらでやる、と往来は活発で、ここが「国境」であることを意識させてくれる。バスで乗り合わせた出水方言バリバリのおじさんが、「ここでは前はうなぎが獲れた」と水俣川を指して教えてくれる。川に石を積み、その中にうなぎが入ってくるのを待つだけのシンプルな方法だが、昔はよく獲れたそう。そういえば、白川でもうなぎが獲れると聞いたことがある。大学裏の白川で石積みでもやってみようかしら。
〔白川・賽の河原積み太郎〕