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【ショートストーリー】肩車

成人の日があったので…

遠い昔 おぼろげな記憶

ヒョイッと父親に抱き上げられ、さらに肩に座らされた。
目をつむっていても高いことはわかる。
手を離してはいけない!
とっさにそう感じ、父親の髪の毛をぎゅっと握る。
「いてて!」
母親が笑いながら、ぼくの手を父親の額に移した。

目をゆっくりと開ける。

ぼくは、その目の前に広がっている景色の鮮やかさに、ぼーっとするほかなかった。

初めて見る大人の視界。
世界が広いことを知った初めての日。


視点

子どもの時の視点は低い。
だから、子どもにとっての肩車は、大人が見てる世界の広さを、少しばかりおすそ分けしているのだと思う。

肩車は、小学生になるまでの年齢が限度だし、それでいて、たまにしかない特別なイベントだ。
だから子どもは、一生懸命キョロキョロする。
見たことない不思議なものばかりだからだ。
「あれはなに?」
父親が説明するが、わからないから一生懸命見ている。
そうして好奇心が芽生える。

肩車は、普段からは知り得ない世界を教えてくれる、そんな貴重な機会。


世界の広さを…

子どもは、やがて青年になり、父親の背を超す。

青年は、肩車でも見えなかった世界の広さと深さを目の前に、好奇心を躍らせている。

青年は、感じ取る。
見えてるものが必ずしも真実ではないこと。
大人には、大人ですら分からないことが大半であること。
つらい悲しみや苦しみが降り掛かること。

そして、それらを乗り越えるのが人のやさしさであり、愛であることを。


肩車から

「今晩付き合えよ!」
向う先は、父の行きつけの赤ちょうちん。

「生2つ!それと枝豆!」
父が元気に店員に声をかける。

どんっ!と運ばれてきた2つのビールジョッキ。
「乾杯!」
父の笑みが止まらない。
楽しそうに昔話を語る父。

僕の知る限り父は、物語になるような大きな成功があったわけじゃない。
なすべき何かに、わが身を賭してきた日々を送ってきたのだと思う。

楽しそうに話す父からは、一歩ずつ愚直に歩んできた長い道が見えた気がした。

帰り道
少し背の縮んだ父。
「デカくなったなぁ…」そうポツリと語る父に、なぜか分からないけど、僕は父の肩に手を回した。

「今日はありがとな!」
父の声が震えていたように聞こえた。
「こちらこそありがとう。」

月明かりは、肩を並べて歩みを進める2人の大人の長い影を道に落とした。

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