山菜採りの話。
某バラエティ番組で、中学生が山菜採りに勤しむ映像を見た。今回はそれで思い出した学生時代の話をする。
私が中学三年生の時、通っていた中学では修学旅行とは別に、ファームステイというものがあった。二泊三日で遠方の民宿にお邪魔して、農作業を手伝ったり動物と触れ合ったりと、所謂「社会性と労働の大切さ、自然の良さを学ぼう」的なものだ。そこで私は当時親しかった女子グループ(遠足ではなく宿泊だったからか男女は別だった)で、とある民宿にお世話になることになった。
1日目はほぼ移動で終わるので、本番は2日目だ。何をやるかは民宿の人に任せてあるので生徒側はその時まで分からない。ジャム作りや農作業をするグループがいる中、私達に課せられた仕事が、そう、山菜採りだったのだ。
「まだ雪残ってるから足元気を付けろよ」という民宿の爺様を先頭に、野山を掻き分けて歩いていく中学生女子たち。濡れた土の濃い匂い、ぬかるんだ足元の重さ、生い茂る木々の影で薄暗い山を登ること、どれくらいだっただろう。
「ほら、着いたぞ。地元の奴らも知らんのが多い秘密の場所だ」
登山中に一度も振り返らなかった爺様の向こうに、光が溢れていた。山を抜けた私達の目の前に広がったのは、正に「秘密の場所」と呼ぶに相応しい、四方を林に囲まれてぽっかりと開けた空間だった。今でもハッキリと覚えている。空を覆うように伸びた木々の合間を縫って落ちてくる太陽の光に、濡れた緑が鮮やかに照らされていて。辺りにはゼンマイやワラビがこれでもかと生えていた。「袋いっぱいまで採って、それ以上は駄目だ」という爺様の教えに従って、私達は夢中で山菜を採った。小さなビニール袋はすぐにいっぱいになったから、私は友達と二人で喋っていたが、トトトト……と、ふと聞こえてきた音が気になって声を潜めた。爺様が遠くの木を指差して言う。
「キツツキが木ィつついてるな、ほらあそこ」
正直、当時既に視力低下の一途をたどっていた私は見えなかったのだが、音だけで充分だった。この静かな空間だからこそ聴けた音が嬉しかった。
それから山を降りて、採った山菜はその日の夕飯と家への土産となった。本当に美味しくて、私はあれ以来山菜が好きだったりする。美味しい。山菜の美味しさも相まって、ますますあの場所は「実は民宿の爺様は仙人で、あそこは仙人の世界だったのでは?」と思ったりもしたし、今でもちょっと思っている。
余談。この時のファームステイでは、うっかり霊に取り憑かれたり、泊まった民宿に何かがいたりしたのだが、その話はもう少し夏が近付いたらにしようと思う。