おかわり
全ての発端はちょっとした不注意だった。
2023年は桜前線の北上が早かった。3月14日、平年より10日、昨年より6日早く東京でソメイヨシノの開花が宣言された。翌日には横浜で開花が発表となった。仙台市でも平年より13日、昨年より13日早い3月26日に開花した。それに合わせるように、自宅の周辺でも桜が咲き始めた。桜の花を見ていると、自然と気持がウキウキしてくる。
「桜、見に行こうよ」
各地とも開花宣言が発表されてから、4~5日で満開となっている。急がないと見頃が過ぎてしまう。すぐさまスマホで「宮城県の桜開花、満開情報」を調べる。
4月4日。松島町の「西行戻りの松公園」と多賀城市の「加瀬沼公園」に行ってきた。朝8時過ぎに出発し、途中のコンビニで昼食を購入する。もう少し早い方が良かったかな、駐車場はほぼ満車だった。
「西行戻りの松公園」は、西行法師が諸国行脚の際に訪れた宮城県宮城郡松島町で、松の大木の下で出会った童子と禅問答をして敗れ、松島行きを諦めたという伝説が名前の由来となっている公園だ。Webサイトの情報通り、園内の300本余りのソメイヨシノがちょうど見頃を迎えていた。公園は高台になっている。風光明媚な松島湾を俯瞰できる。桜のピンク色、海と空の青、島々の松の緑色、見事な色彩のコントラストが楽しめた。
持参したビニールシートを広げて、サクラを見ながら昼食。ここには酔って大騒ぎをするような花見客はいない。皆さん静かな雰囲気で桜を愛でている。春の陽光が気持ちよい。1時間余り座り込んで長閑な雰囲気に浸っていた。「次に行こうか」立ち上がって歩き始める。名残惜しい気持ちで上を見上げる。桜の花が風に揺れている。
「あっ!」桜に気をとられ足元が疎かになってしまった。何かに躓いたわけではないが、バランスを崩してしまった。咄嗟に右足が動いた。大きく一歩踏み出し、踏ん張って身体を支えてくれた。「転ばなくてよかった」安堵した瞬間だった、ビリビリビリビリ、ズキッ。腰、背中側に激痛が走った。思わずその場にへたり込んでしまった。
「これがギックリ腰か。こんな出先で動けなくなったらどうしよう」「車に乗れるかな」「運転は・・・?」わずか数秒の間そんなことを考えたようだ。「どうしたの、大丈夫」妻の声が聞こえた。反射的に「立ち上がらなくちゃ」と思った。しゃがみこんだ姿勢から少しずつ膝をのばしてみる。腰のあたりがズキズキと痛む。冷や汗がにじんでくる。立ち上がれなかった。「もう一度やり直してみよう」いったんしゃがむ。再度チャレンジしてみる。今度はなんとか立ち上がれた。「動かさなくちゃ」その場で足踏みをする。足の裏が地面に着いた反動で、踵から腰に向かって痛みが突き上げてくる。痛むが足が動かないわけではなさそうだ。思い切って右足を一歩出してみる。「動かせた」大丈夫だ。立っていた位置から30センチメートルほど踏み出せていた。その右足に体重をかける。重心が移動した瞬間に痛みが走った。痛みを我慢して左足を踏み出してみる。痛い。踏み出した右足の横に左足があった。左足も動く。今度はその左足に全体重をかけて右足を出す。右の時ほど痛みを感じない。動けた。そして、歩けた。痛いけど、前に進んでいる。そして、その痛みは我慢できないほどではない。ギックリ腰になったら動けない、そんな話は何度も聞いたことがある。動けるから大丈夫だ。少し不安定で、ギクシャクしているが歩いている。歩けている。
車の乗り降りも、運転にも支障はなかった。「加瀬沼公園」の桜も見事だった。ジャスト満開。Webサイトの情報は正確だった。すべて咲いている。蕾は残っていない。
公園内は子供を連れたファミリーで賑わっていた。子供たちが歓声を上げて走り回っている。親たちは、日陰や持参した日よけの下で見守っている。花を愛でながらヨロヨロと歩いていると、痛みがぶり返してきた。そうなると桜どころではなくなった。内心は一刻も早く帰りたかった。公園の位置口近くに車を停めた。今は最奥にいる。ヨタヨタと歩きつづけるしかない。歩くのが精一杯だった。花を見る、写真を撮るそんな気持ちの余裕はなかった。それでも帰宅後確認すると、なんと5枚も写真があった。我ながらアッパレだ。でも、せっかく満開の時期に行けたのに、腰が気になって少しも楽しめなかった。ちょっと勿体なかったな。
この出来事の数週間前だった。テレビ番組で「ぎふ ワールド・ローズガーデン」が紹介された。約81ヘクタールの庭園に8000品種、20000株が植栽されている世界最大級のバラ園だ。
「ここに行きたいね」
テレビ画面に映し出される園内の様子にすっかり魅了された。バラの見頃は5月末から6月上旬のようだ。今から計画すれば間に合う。即座に行動した。ベースはいつもの我が家の旅行スタイルにする。移動はマイカー。目的地は「ぎふ ワールド・ローズガーデン」だが、経由地に道の駅と一の宮を加える。
初日 道の駅あがの → 道の駅たがみ → 道の駅ながおか花火館
新潟県長岡市泊
2日目 道の駅野沢温泉 → 道の駅FARMUS木島平 → 道の駅いくさかの郷 → アルプスあづみの公園
長野県安曇野市泊
3日目 飛騨一の宮水無神社 → 道の駅 清流の里しろとり → 岐阜城
→ 道の駅パレットピアおおの
岐阜県岐阜市泊
4日目 ぎふ ワールド・ローズガーデン → 道の駅南信州うるぎ
→ 道の駅南信州とよおかマルシェ → 道の駅歌舞伎の里大鹿
長野県飯田市泊
5日目 道の駅 田切の里 → 高遠城 → 道の駅大芝高原
→ 道の駅ビーナス蓼科湖 → 道の駅和田宿ステーション
→ 道の駅女神の里たてしな → 道の駅ヘルシーテラス
長野県佐久市泊
6日目 帰宅
こうして全行程1600キロメートル、未訪問の道の駅17駅、行きたかった飛騨一の宮を含む、5泊6日の計画が出来あがった。実現すれば、2023年の目標のひとつ、道の駅900駅制覇に大きく近づくことになる。
「昨年(2022年)は、3月に温泉に行って、4月に花見に行った。岐阜に行く前にもうひとつ何処か行きたいね」
茨城県ひたちなか市の「国営ひたち海浜公園」にネモフィラを見に行く案が浮かんだ。
常磐自動車道を利用すれば自宅から250キロメートル、およそ3時間45分の道程だ。日帰りが可能だ。開花状況をチェックして満開に合わせ行くつもりだった。Webサイトでネモフィラの開花予想を定期的にチェックする。例年よりは早くなりそうだ。そして、見頃の時期となると、朝は比較的すいているが、日中は激混みという情報も多数目にした。花を見る条件も朝の方が良いようで、一日の中で最も際立ってきれいに見えるらしい。9時30分の開演時間に到着するには、5時30分に出発しなければならない。もう少し若ければ可能な時間だが、ここ数年の実績を考えると無謀だ。
1泊するか。水戸市内や勝田駅周辺にビジネスホテルがありそうだ。そうすれば9時30分に公園に着くことができる。公園の駐車場が満車になる心配も不要となる。宿泊するとなると、見頃の時期を予測して、それに合わせて宿を予約しなければならない。行き当たりばったりで、現地で空きを見つけるような無茶はしたくない。こうして4月11日に宿泊し、翌日の朝一番で公園に行く計画が出来上がっていた。
4月5日、病院に行った。レントゲンの結果、骨に異状はなかった。筋肉系の損傷だ。「ぎっくり腰」と診断されたわけじゃないが、それの軽症だろうと自己診断する。「腰痛ベルト」を装着するようにすすめられた。使い方を指導される。ベルトを締めると確かに腰が楽になる。2~3日すると処方された痛み止めと合わせて生活には支障がないレベルまで回復した。これならば長時間運転しても大丈夫かもしれない。その時はこの腰痛ベルトが新たなトラブルの引き金になるとは想像できなかった。
1週間で腰痛は治らなかった。ネモフィラは諦めた。腰痛ベルトに頼れば行けそうだ。でも、冷静に1週間前の状態を思い出してみる。「加瀬沼公園」をヨタヨタと歩いただけだった。楽しくなかった。桜も写真撮影も記憶に残っていない。痛いのを我慢して行っても心底楽しめないだろう、そんな考えに落ち着いた。自分の不注意とはいえ残念だ。
ガッカリして落ち込んでいた時に、『オリンピックで金メダルを獲得した羽生弓弦選手をたたえて植樹した桜の木。それを囲むように植えられたネモフィラが見頃となっている』そんな新聞記事を妻が見つけてくれた。
茨城県ひたちなか市の「国営ひたち海浜公園」の代わりに、宮城県仙台市泉区の「七北田公園」に行った。以前年間チケットを買って、ベガルタの応援に通っていたユアテックスタジアム仙台もその一部になっている大きな公園だ。新聞の記事通りに桜の木を囲むようにネモフィラの花が咲いていた。規模はずいぶん違うけど、ネモフィラの花見れたね。
「無理は禁物」これを合言葉に養生に努めた。ひたち海浜公園に行けなかったので、岐阜旅行は何としても行きたい。そんな気持ちからか、腰痛ベルトを締める時も力が入った。きっちり締めると安心できる。痛み止め薬はなくなったが、ベルトをしていれば痛みは緩和される。
突然、体調が悪くなった。とくにお腹の調子が悪い。「顔色が悪いよ」妻に何度か言われた。気が付くと冷や汗をかいている。胃の上に食べ物がのっているように感じる。気持ちが悪い。食後に吐き気が襲ってくる。
実際に何度も吐いてしまった。こんな状態続いた。病院に行っても原因はわからなかった。胃薬、吐き気止めなどが処方された。旅行どころではなくなってしまった。あと4~5日すれば予約した宿のキャンセル料が発生する。「ダメだね。諦めよう」こんな経緯でネモフィラに続いて、バラもキャンセルとなった。
『第40回全国都市緑化仙台フェア』が地元メディアで盛んに取り上げられるようになった。2023年4月26日~6月18日まで仙台市川内追廻地区をメイン会場にまちなかや東部などの連携会場でも行われる「未来の杜せんだい2023-Feelgreen!」と銘打ったイベントだ。
このイベントに行ってきた。バラ園の代わりに「はなばた飾り」と名付けられた、仙台七夕をモチーフにした大花壇で花を満喫してきた。
そういえば「ぎふ ワールド・ローズガーデン」は1995年に開催された花の博覧会「花フェスタ‘95ぎふ」のメイン会場だった場所だ。その後、岐阜県が整備し1996年に再オープンした都市公園だ。当初は「花フェスタ記念公園」という名称だったようだ。2021年に「ぎふ ワールド・ローズガーデン」と名称を変更したそうだ。そして、ネモフィラを見に行った「七北田公園」は1989年7月29日~10月16日に開催された「89’グリーンフェアせんだい」の会場跡地だった。34年前のこのイベントも、全国都市緑化フェアだった。どこもまったく関連がないわけじゃなかった。行き先は違うけど、同じような花のイベントに行けたからよかったじゃない。ご飯のおかわりは出来なくなっちゃたけど、旅行の行先はちゃっかりおかわりしちゃったね。
その頃になって吐き気の原因は腰痛ベルトをきつく締めすぎて、内臓を圧迫しているからだと気づいた。医師の装着の指導では「腰骨でささえて」と念を押された。それをすっかり忘れていた。腰骨より上、肋骨より下、骨のないウエスト部分にガッチリ食い込むように締めていた。腰痛はいくらか快方に向かっているようなので、食前食後は腰痛ベルトを外すことにした。ベルトを外すと普通に食べられた。吐き気もとまった。
食べられなかった分、2杯でも3杯でもお代わりしていいよ。食事のおかわりはありがたいが、旅行の行先のおかわりは原因が全て自分の不注意だっただけにものすごく悔いが残ってしまった。