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【第2回】「ロシア奏法」とは何か

#ロシア奏法 #ロシアピアニズム #ロシア楽派

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そもそも「ロシア奏法」とは一体どのような趣味の演奏形態を指すのか。
ロシア奏法とは、前述した話から、文化圏が広く取られる地域に紐づくため多様であるし、また後述するようにそのルーツとなる教師が独自の流派を形成しており、その教師の複数性から多様である。

なお、ジョージアやウクライナ、バルト三国(ジョージアやバルト三国はスラブ語派の文化圏ではないが、ロシア帝政時代とソ連時代にロシアやソ連に支配されていたため広義の「ロシア」であると便宜的に言えないこともない。ただ、そのようにして画一的を理解する仕方がよくないとする考え方があるのも認める)をはじめとする狭義のロシアでないスラブ諸国の奏法の系譜については筆者の能力上細かくは踏み込まず、なるべくモスクワの4大流派を中心に筆を進めていきたい。

さて、まず「ロシア奏法」の全体的な傾向を述べる。
第一に、例えばゲンリヒ・ネイガウスの弟子スヴァトスラフ・リヒテルやエミール・ギレリスを聴けば分かるように多彩な音量表現が目立つはずだ。
要するにピアノはとことん小さく繊細で、それでいて響いていて、フォルテはダイナミックに躍動するように鳴らす。後に詳述するが、「響く」とか「鳴らす」はロシアの奏法を語る上で欠かせないキータームである。

  • リヒテルのショパンエチュード

  • ギレリスのプロコフィエフピアノソナタ3番

次に、速くて正確な演奏技法もロシア奏法を記述する上で避けては通れない。
つまるところこれはコンクールで入賞しそうな奏法であることの条件を満たすが、ショパンコンクールの第1回の覇者が、コンスタンティン・イグムノフの直弟子であるレフ・オボーリン(反田恭平や藤田真央の先生の先生)であることを考えれば、なんとなくイメージがつきやすいはずだ。

  • オボーリンのショパンバラード集

そして、ポリフォニックな演奏、要するに複数の声部を重視して、さまざまな音がオーケストラのようにある種の独立性を持って聞こえるような演奏様式、これをロシア奏法は実現する。
ただ音量が大きいだけではなく、色々な声部の集まりとしての音量が確保されるということである。

ポリフォニーと言えばまず頭に浮かぶのはバッハに代表されるバロックだし、あるいはドミトリー・ショスタコーヴィチもJ.Sバッハを手本とした作品を書いている。そのような音楽家の作品をロシア奏法を継承する音楽家で聞いてみれば、その「鳴り具合」に驚かされるはずだ。

  • コンスタンティン・リフシッツのバッハ音楽の捧げ物より3声のリチェルカーレ

  • タチアーナ・ニコラーエワのショスタコーヴィッチ24の前奏曲とフーガ

以上の3点が筆者が念頭に置く「ロシア奏法」の代表的な特徴である。この特徴は狭い意味でのロシアだけでなくスラブ圏や旧ソビエトを包括する地域の奏法でも認められる傾向にある。

次回はモスクワの4大流派について説明するところから書き始める。

参考文献

  • 大野眞嗣『「響き」に革命を起こすロシアピアニズム - 色彩あふれる演奏を目指して』

  • 真嶋雄大『ピアニストの系譜 - その血脈を追う』

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