無料で“都市づくり”を支える! オープンソース・アーバニズムの世界
最近、まちなかを歩いていると、「もう少し使いやすい地図アプリがあればいいのに」「都市開発の情報ってどこかで見られないのかな」なんて思うことがよくあります。実は、こうした“都市づくり”に関わるソフトウェアは、意外にも数多く存在します。でも、一口に「都市計画ソフト」といっても、値段の高い商用製品を想像してしまいがちですよね。
ところが今回ご紹介する論文では、「無料(フリー)かつオープンソース」 のソフトウェアに着目し、それらがいまどんなかたちで都市計画・都市分析を支えているのかを徹底的に調べています。読んでみると想像以上に活況で、「そんなのタダで使えるの!?」 と驚くツールが続々と登場。さらに、論文をきっかけに私自身もいくつか試してみたのですが、思いのほかカンタンなものが多くて驚きました。今回は、そんなオープンソース・アーバニズムの最新事情を、論文の内容をベースに、ざっくりとご紹介します。
論文のテーマと背景
今回取り上げるのは、2022年9月に『Computers, Environment and Urban Systems』誌(Vol.96) に掲載された「Free and open source urbanism: Software for urban planning practice」というオープンアクセス論文です。執筆者は、シンガポール国立大学(NUS)のWinston Yapさん、Patrick Janssenさん、そしてFilip Biljeckiさん。タイトルにもあるとおり、都市計画の実務に役立つ「フリー&オープンソース・ソフトウェア(以下FOSS)」を網羅的に調査・整理 しているところが最大の特徴です。
ここ数年、都市の課題はさらに多様化しています。交通渋滞はもちろん、環境変動や防災対策、健康的なまちづくりなど、私たちの日常に密接した問題が山積み。そうなると、データ解析や地理情報システム、シミュレーションといった「デジタルな計画支援」が不可欠といわれています。でも、商用ソフトは価格面やライセンス面で導入ハードルが高いというのも事実。
「もっと導入しやすいツールはないのか?」「そもそも都市分野向けのオープンソースって、どのくらいあるのか?」という疑問から、この研究は始まったそうです。著者たちは「フリーならみんなに使ってもらいやすいし、オープンソースなら開発者コミュニティでどんどん改良できる。これは都市計画を民主化する可能性がある」という思いを強く持って調査したといいます。
何をどう調べたのか
2.1 研究の目的
本研究の目的は大きく二つ。
1つ目は、世界中に存在する「都市計画に役立つFOSS」をリストアップし、その性能や特徴を整理すること。2つ目は、そのツール群を「都市計画のプロセス」*と照らし合わせて、どの段階でどんな使われ方がされているかを明らかにすることです。
論文によれば、これまでGIS(地理情報システム)の分野でオープンソースが盛り上がっている、ということは知られていましたが、都市計画向けに特化して一覧化したレビュー論文はなかった のだとか。それだけに、今回の研究は「都市計画に携わる人たちがFOSSを見つけやすくする」大きな一歩になりそうです。
2.2 研究方法
著者らはまず、「Scopus」などの論文データベースから、過去のレビュー論文やソフトウェア関連の文献を総ざらい しました。並行して、GitHubやGitLab といったコード共有サイト、さらにはTwitter 等のSNSを活用して、どんなオープンソース・プロジェクトがあるのか徹底的にリサーチ。そのなかから、
都市計画・都市分析と関連する機能を持っているか?
実際に無料&オープンソースライセンスで配布されているか?
開発が止まっておらず、使える状態を保っているか?
…など、細かい基準でフィルタリングし、最終的に70のメインツールと、54の周辺ツール(計124のソフトウェア) を抽出しました。
SNSを見ていると、「こんな便利なツールが無料で!?」とバズっている投稿が結構あって、著者自身も「SNSは新しいツールを見つける上で有力な手段になりつつある」と言っています。実際に私も「そんなツールが存在していたのか!」と感心しきりでした。オープンソース界隈では、わりとSNSで情報が広まるスピードが速い印象がありますよね。
オープンソースソフトを分類する
3.1 見つかったソフトウェアの全体像
いざリストアップされた124のツールを眺めてみると、「GIS・地図作成系」「交通モデリング系」「3Dモデル系」「環境シミュレーション系」など、多彩なジャンルがそろっています。特にGeospatial(地理空間)分野が充実 しているのは、先人たちの努力の蓄積があるからでしょう。QGISのように、今や商用GISに負けないくらいの機能性 を誇るソフトウェアもあります。
論文の中でも特徴的だったのは、「最も充実しているのはサイト分析(現況把握)関連のツール」 だと指摘している点です。たとえば道路ネットワーク解析の「OSMnx」や「graphhopper」は、オープンストリートマップ(OSM)データを使って交通状況を可視化できるし、3Dモデルをサクッと生成してくれる「3dfier」などもあります。一方で、“シナリオ比較”や“市民参加”の段階をサポートするツールはまだまだ不足ぎみ という課題にも言及。どうしても「分析・可視化」に偏りがちで、合意形成や評価支援に役立つ無料ソフトが少ないらしいのです。
3.2 ツールのアクセス形態と人気度
リストのなかには、コマンドライン操作がメインの「プログラミングライブラリ」 と、ブラウザで動く「Webアプリ」や「GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)」 タイプが混在しています。データサイエンスの波に乗っているPythonやR言語のライブラリも多く、論文によれば、「ツールの6割ほどはある程度のプログラミング知識が必要」 とのこと。でも、私が使ってみた限りでは、公式ドキュメントやサンプルが親切なプロジェクトも多かったです。
GitHubのスター数(ユーザーからの“いいね”のようなもの)を見てみると、個人やスタートアップ企業が開発するライトなツール が人気を集めているのも面白いところ。大規模組織よりも、フットワーク軽く開発・公開し、コミュニティで盛り上げている印象があります。結果的に利用者同士のフィードバックが活発で、どんどん便利になっていく“好循環”が生まれているようです。
第4章 意義と今後の展望
著者らの結論をかいつまんでいうと、「オープンソースは既に都市計画の現場で十分使えるレベルに達している。ただし、プロ向けの高度な評価機能や市民参加を促す機能などは、まだまだ発展の余地がある」 ということでした。地図や解析の世界ではQGISやOSMnxなどが有名になりましたが、たとえば「住民ワークショップで使うツールが簡単に手に入るか?」と聞かれると、まだ数は少ない。そこに大きな可能性を感じると同時に、将来的にはパブリックコメントやオンライン上での住民投票を支えるオープンプラットフォーム も充実してくるかもしれない、と期待させる内容でした。
この論文の良いところは、既存の先行研究との「ダブり」ではなく、本当に網羅的に調べ上げている ところだと思います。有名ソフトだけでなく、比較的マイナーなプロジェクトも丁寧にカバーしているので、「こんなニッチな領域にもオープンソースがあるの!?」 と驚かされる瞬間が多いはずです。私自身も、知らなかったツールをいくつか見つけて、「今度ちょっと試してみよう」とワクワクしています。もちろん論文内でも注意しているように、オープンソースは後方支援が十分でない場合がある し、開発が突然止まってしまうリスク もあります。ただ、それらを差し引いてもなお、都市計画をより民主的・低コストにする利点は大きいと感じます。
将来的には、AIや機械学習 を組み合わせて、都市の課題をもっと正確に分析するプロジェクトが増えるはず。それこそ、ストリートビュー画像や衛星データをオープンソースのディープラーニングツールで解析するなんてことも、すでに実例が出始めています。こうした「フリー&オープンソース×都市」の動きは、まだまだこれから加速しそうです。
終わりに:論文を読んでみての個人的な感想
論文全体を通して感じたのは、「オープンソース」と一口に言っても、その背景には無数の開発者コミュニティがあり、それらが都市計画を支えている という事実です。かくいう私も、「高いライセンス費を払わなきゃ専門的な地図なんて作れない」と昔は思い込んでいました。ところが、こうして世界中の人たちが協力してコードを磨き上げ、誰でも使える形で公開しているんですよね。もはや商用ソフトを持っていなくても、行政レベルのプロジェクトや研究に参画できる 時代が来ているのかもしれません。
もちろん、オープンソース特有の課題もいろいろあります。たとえば、ドキュメントが英語ばかりだったり、依存パッケージのバージョンが合わなかったり……。それでも、これだけ多様なツールが無料で使えて、しかも改良への参加が誰にでも開かれているというのは、素晴らしいことだと思います。「技術が専門家だけのものじゃなくなりつつある」そんな時代の流れを、この論文は感じさせてくれます。
論文情報など
論文タイトル:Free and open source urbanism: Software for urban planning practice
著者:Winston Yap, Patrick Janssen, Filip Biljecki
掲載誌:Computers, Environment and Urban Systems, Volume 96 (September 2022), 101825
難しい用語としては「API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)」や「GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)」などがありましたが、いずれもソフトの利用形態を指す言葉です。API は「プログラムから操作する仕組み」で、コードを書く必要があるもの。GUI は「アイコンやボタンをマウスでクリックして操作できる画面」のこと。慣れていない方でも、使いやすいGUIが用意されているツールもあるので、まずは小さなプロジェクトでお試しするのも良いかもしれません。