“スマートシティ”をグローバル・サウスから考える──新視点が導く『Southern Smart Urbanism』
スマートシティと聞くと、最新テクノロジーで都市機能を効率化する先進国の事例をイメージすることが多いですよね。でも、これを「グローバル・サウス(南半球や新興国を中心とした地域)」の都市事情にそのまま当てはめると、何が起こるのでしょう? そんな疑問に挑んだ論文があります。タイトルは「Cross examination of smart urbanism and Southern urbanism: A systematic literature review in search of ‘Southern smart urbanism’」。著者はDeepti PrasadさんとTooran Alizadehさんで、2024年12月に学術誌『Cities』に掲載されています。
この研究は、「スマートシティ論」と「グローバル・サウスの都市論」を体系的にレビューし、両者を組み合わせた新しい枠組みとして“Southern Smart Urbanism”を提唱する内容。私自身、「スマートシティ」は欧米先進国の大都市で語られることが多い印象でしたが、南側(グローバル・サウス)の社会やインフラの現実に目を向けると、思わぬ差分や新たな可能性が見えてくるのかもしれません。いったいどんな議論が広がっているのでしょうか。
なぜ「グローバル・サウスから見る」スマートシティ論が必要なのか
研究者たちがまず指摘しているのは、従来のスマートシティ論が欧米型の技術主導モデルをベースにしている一方、グローバル・サウスの都市論ではインフラや社会構造の脆弱性、非公式的なコミュニティネットワークなど、まったく異なる文脈が語られてきたことです。しかし両者の交流は意外と少なく、根本の課題設定やアプローチが噛み合っていない面があるといいます。
一方、南の都市論においても「スマートシティ」という視点はあまり深堀りされてこなかったようです。そこで本研究では、この2つの分野の文献をまとめて比較し、「グローバル・サウスの現実を踏まえたスマートシティのあり方=Southern Smart Urbanism」を理論的に整理する必要があると説いています。
研究手法:文献をシステマティックに解析
1970年から2022年までを網羅、PRISMAで厳選
著者らはScopus、Web of Science、Google Scholarなどから関連する文献を探し出し、PRISMAという手法を用いて体系的にスクリーニングしました。結果、「スマートシティ論」に関わる論文が約600本、「グローバル・サウスの都市論」に関わる論文が200本強ほどに絞り込まれたそうです。
データの収集から分析まで、タイトルや要旨、キーワードをチェックし、「どんな都市を対象に、どんな観点で議論されているか」を地道に確認していったとのこと。さらにNVivoを用いた定性的分析で文献を読み込み、テーマごとに分類していくプロセスを踏んでいます。
「ビジョン/インフラ/コミュニティ」の三つの柱で比較
分析の結果、両分野には重なるテーマが存在するとわかりました。大きくは「ビジョン・計画」「インフラやサービス」「社会・コミュニティ」という三つです。一方で、「テクノロジーやデータ活用」はスマートシティ論では頻出するのに対し、グローバル・サウスの都市論ではほとんど言及されてこなかった、というギャップも浮き彫りになったそうです。
これらの比較を丁寧に行うことで、南側の都市でスマートシティを考える際に見落とされがちな視点や、北側(先進国)の論が当たり前の前提としてきた点に綻びがあることが示唆されました。
三つの軸から見る研究結果
1. ビジョン・計画(Visioning, Development, and Planning)
スマートシティ論では「ハイテクで都市を効率化しよう」というトップダウン的な計画ビジョンが強調されがちです。ところが、グローバル・サウスの都市論では「底辺からの開発」「公共サービスの不備」「歴史や文化的文脈による不平等」など、住民たちが日常的に変化を生み出していくボトムアップ要素が議論されてきました。
論文では、南の現場では「欧米型の“理想都市”イメージをそのまま導入しても、実際はスラムの存在や非公式経済の広がりなどで計画が空回りになりやすい」と指摘しています。したがって、スマートシティを進めるなら「下からの権利ベースのアプローチ」が鍵になる、と結論づけています。
2. インフラとサービス(Infrastructure and Services)
スマートシティ論では、「既存の都市インフラをデジタル技術で高度化する」という議論が多いです。ところが、グローバル・サウスの都市では「そもそも下水道や電力網が十分整備されていない」状況が珍しくありません。
そのため、単純に“レトロフィット(あと付け改修)”するだけではなく、「一気に飛び越えて新しいインフラ形態を導入するリープフロッグが重要だ」と論文は主張しています。つまり、段階的な整備を待たずして、南側に合った先進技術を柔軟に取り込む工夫を模索すべきというわけです。
3. 社会とコミュニティ(Social and Community)
スマートシティ論では「スマートシチズン」という個人が主役ですが、グローバル・サウスの都市論では「コミュニティ」や「社会運動」が大きな力を持つことが強調されます。居住環境や社会サービスの改善を求める住民の動き、相互扶助のネットワークなど、欧米中心のスマートシティ観では捉えきれない集団的なダイナミズムがあるわけです。
そのため論文は、「南の文脈でスマート化を考えるには、個々人ではなく集合的なコミュニティとテクノロジーがどう関わるかを捉える必要がある」と結論づけています。
まとめと今後の展望
上記の三つの視点を総合すると、「Southern Smart Urbanism」には次のような特徴が見えてきます。
ビジョン・計画面: 上からのハイテク施策ではなく、地域住民の権利や声を反映するボトムアップ路線が欠かせない
インフラ面: 不足しがちな基礎インフラを前提に、レトロフィットではなくリープフロッグ型の整備が有効
社会・コミュニティ面: 個人ではなく集合的主体が重要で、既存コミュニティがテクノロジーとどう結びつくかを探る
こうした観点を取り入れれば、従来の「北側の理想モデル」とは異なるスマートシティ像が浮かび上がり、実際の南側都市の現場にも適合しやすいかもしれません。著者たちによると、この枠組みはグローバル・サウスの都市論にとどまらず、北側のスマートシティ論そのものを再考するヒントにもなると期待されています。今後は「現場での事例研究を増やすことで、より具体的な『Southern Smart Urbanism』のかたちを描くことが重要だ」と締めくくられています。
個人的には、「スマートシティ=テクノロジー最優先」というイメージが強かった分、住民の集合的アクションや独自の社会構造が主役となる視点は新鮮でした。社会正義や差別、インフォーマルな経済構造が渦巻くグローバル・サウスの都市こそ、ある意味でスマートシティの議論にイノベーションをもたらすかもしれません。
参考情報・ライセンス表記
論文タイトル: “Cross examination of smart urbanism and Southern urbanism: A systematic literature review in search of ‘Southern smart urbanism’”
著者: Deepti Prasad, Tooran Alizadeh
掲載誌: Cities, Volume 155, December 2024, 105459
この論文は CC BY 4.0 ライセンスで公開されています