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小さなプロジェクトが導くインクルーシブな都市再生:日本のまちづくり3事例から学ぶ新たなガバナンス
はじめに──新たな「まちづくり」論文との出会い
今回ご紹介したいのは、『Cities』誌(Volume 152, September 2024)に掲載された「Inclusive urban regeneration approaches through small projects: A comparative study of three Japanese machizukuri cases」(著者:Hiroki Nakajima / Akito Murayama, https://doi.org/10.1016/j.cities.2024.105241)という学術論文です。日本各地の“まちづくり(machizukuri)”を取り上げ、いくつもの“小さなプロジェクト”をつなぎ合わせることで、どのように地域再生が成し遂げられるのか。そのプロセスを、かなり丹念に分析しています。
この研究はオープンアクセスとして公開されており、既存の大規模開発が中心になりがちな「都市再生」に対して、「小さなプロジェクト」や「市民中心の自律的な動き(セルフ・オーガニゼーション)」がどう活きてくるかを示した注目の一編。そもそも日本のまちづくり実践は欧米の理論枠組みでは語り尽くせない部分が多く、しかも従来は大規模再開発との対比で“市民参加”が過小評価されがちでした。ところが本研究は、日本の事例を「インクルーシブ(=社会的包摂の度合いが高い)な都市再生」として位置づけ、その仕組みや有用性を、新たな角度から浮き彫りにしているところがユニーク。今後の小規模プロジェクトをベースとしたまちづくりを考える上でも、かなり示唆に富んでいます。
背景──都市再生をめぐる潮流と、「小さなプロジェクト」への期待
大規模再開発では資金も労力も膨大になるぶん、いろんな利害が複雑に絡み合い、社会的弱者が取り残されてしまう危険性をはらんでいます。一方で、近年注目を集めているのが、小さな単位のプロジェクトを積み重ねる「スモール・プロジェクト型」の都市再生。ヨーロッパなどでは、空き地や空き家の一時利用(Temporary Use)によって、アートやコミュニティイベントを呼び込む動きが徐々に広がってきました。ただ、その手軽さや一時性が逆にネオリベラル化やジェントリフィケーションを招くリスクも指摘されています。
そこで本論文は、「では実際にこうした小さな動きが『インクルーシブ』な都市再生に本当に貢献できるのか?」を問うており、日本のまちづくり実践にそのヒントを求めています。
著者たちが注目したのは、日本に昔からある市民参加型の地域活動「まちづくり(machizukuri)」。「まちづくり」は、海外の都市計画とはちょっと違う、日本独自の進化を遂げた概念なんです。単に道路を整備したり、建物を建てたりするだけじゃなくて、そこに住む人たちが「どんな街にしたいか」を考え、話し合い、一緒になって街を育てていく、そんなイメージ。
特に、1990年代からは行政主導の再開発ではなく、被災地や商店街などで市民が主体的に再生へ動くケースが増え、NPO法(1998年)により法律面でも後押しされました。大震災の復興支援や中心市街地の空洞化対策などをきっかけに、自治体の枠組みを超えた人々が集まり、自分たちで小さなプロジェクトを始める。そうした草の根のまちづくりに“流動的なガバナンス(fluid governance)”や“自律的な結束(セルフ・オーガニゼーション)”の要素が見いだせるのではないか。その直感を突き詰めたのが本論文です。
3つのケースが教えてくれるもの
研究チームは、東京近郊の「MAD City(千葉県松戸市)」「Central East Tokyo(東京都千代田区・中央区・台東区)」「Nishiki 2 Choja-machi Machizukuri(名古屋市錦二丁目)」の3事例を徹底分析。いずれも中心市街地が空洞化していたり、産業構造が変化したりと、課題の多いエリアです。そこで事業者やNPO、行政、市民が共同で“小さなプロジェクト”を何度も立ち上げながら、どうやって地域を再生していったのか。そのプロセスを図解やインタビューを通じて可視化しています。
たとえばMAD Cityでは、ほぼ空きビル状態だったエリアに、アーティストの活動拠点を誘致するためにDIY可能な住居を安く提供しはじめ、そこから人の流れや創造性を呼び込みました。その過程で行政が関わる「松戸アートライン」の企画ともコラボしながら、一般住民を巻き込み、ゆるやかな協同体が形成されていきます。さらに物件オーナーの利益だけでなく、使い手・地域の人が恩恵を受けられる仕組みづくりにも腐心。既存の大規模再開発と比べて投資リスクが低いぶん、長期にわたって地域へ“還元”を続けやすいというメリットが見えてきました。
Central East Tokyo(CET)の事例では、“家守(やもり)”という江戸時代からの知恵を応用し、現代的にアレンジした小規模ビル再生がカギを握っています。一時的なアートイベントやポップアップ・ショップを重ねることで「まちのイメージ向上」と「地域ネットワークの拡大」を両立させ、空きビル活用の可能性を示しました。行政の助成に頼りきらず、複数の民間事業者が柔軟にタッグを組むという実践も興味深いです。
名古屋のNishiki 2 Choja-machiでは、もともとあった紡績問屋の空きビルを軸に、芸術祭や木質化実験などバラエティに富んだプロジェクトを同時多発的に進めました。その中で生まれた「非公式なビジョン(インフォーマル・ローカル・プラン)」が、公的な都市計画や再開発案件とも接続していく。小さなDIYイベントが、結果的に大きな民間開発へ影響を及ぼし、さらにそこで生まれた新たな公共空間を市民が再活用していく。そうした循環を醸成する仕組みが緻密に分析されています。
流動的ガバナンス”をどう活かすか
では、この論文が提示する学術的な新規性はどこにあるのか。
最大のポイントは、「テンポラリー(temporary)でインフォーマル(informal)な小さな動きが、そのまま不安定さや排除を生むわけではなく、むしろインクルーシブな再生をもたらしうる」という逆説的な視点を、日本の事例で示したことです。従来、仮設的・暫定的な使い方は「いつ終わるともわからない・制度化されにくい」というネガティブイメージもありました。しかし本研究を読むと、プロジェクトが広がったり、逆に範囲を狭めたりしながら、必要な資源(資金・人材・制度・知識など)を補完し合う“流動性の高さ”こそ、持続可能なインクルーシブ再生のカギになるとわかってきます。
行政区域に縛られず、“やってみたい”人たちが自分たちのやり方でリソースを引っ張ってくる。その柔軟さゆえに、弱者や地縁のないプレイヤーも巻き込みやすい。さらには非公式ビジョンが行政計画と交差するとき、新しい制度や空間が創発される。本研究はこうした一連の流動的プロセスを“マチヅクリ”というレンズを通じて丹念に実証しており、都市計画理論のアップデートに一役買っています。
大規模開発と小規模プロジェクトの架け橋
論文から見えてくるのは、「スモール・プロジェクトは大きな都市再生とは別物」ではなく、むしろ“はざま”を補う存在だということです。行政や大手デベロッパーだけではどうにもならない空きビルや公園の片隅なども、小さな実験としてなら着手しやすい。そこで積み重ねた成果や人のつながりが、最終的には大規模再開発を動かす力になっていく。この“下から上へ”の逆流こそが本研究でいう「自律的な流動型ガバナンス」の本質なのかもしれません。
さらに注目すべきは、そうした小さな実験が市場原理に飲み込まれてしまわないように、「利益や空間をいかに共有化していくか」をかなり具体的に示している点です。MAD Cityの例に見るように、「DIY可の賃貸」でまずコストを抑え、人と人の協働を促しながらエリア自体の魅力を高めていく。結果、テナントや地域住民にメリットを循環させるビジネスモデルができあがる。こうした“使い手中心”の考え方が、まちづくりを継続可能にしているわけです。
結び──これからのまちづくりへのヒント
本論文「Inclusive urban regeneration approaches through small projects: A comparative study of three Japanese machizukuri cases」は、いわば“流動的でインクルーシブなまちづくり”の可能性を実証的に語った一冊。単純に「小規模ならOK」という話ではなく、絶えずエリアと人材を拡張・縮小させながら必要資源を補い合うやり方や、“非公式ビジョン”を上手に制度と組み合わせるテクニックなど、学べるポイントが豊富です。
日本各地で進む過疎化や空き家問題、あるいは都市中心部の地価高騰に伴うインクルージョンの課題。そんな解決の糸口として、これからのまちづくりにどんな小さな仕掛けが考えられるのか。行政や大手事業者に頼りきりではなく、市民やNPO、ベンチャーといった多様なプレイヤーがどう協働できるのか。そうした問いに対する実践的な知見がぎゅっと詰まっているのが、この研究の真骨頂といえます。ぜひ原論文にも目を通して、あなたの街での可能性を想像してみてください。小さなDIYから始まるまちづくりが、意外に大きな未来を変えていくかもしれません。