川原泉の "少女漫画" がおもしろい - 傑作集『甲子園の空に笑え!』感想
さいきん色んな記事で書いているのですが、わたしは女性を(客体的にではなく)主体的に描いた物語が性癖として好みだと思われます。ならば、ヘテロ男性向けのエロゲやラノベ原作アニメやらをわざわざ鑑賞してアレコレ文句を並び立てるのではなく、もっとそういうジャンル──「少女漫画」や「女性漫画」など──を漁れば幸せなのでは?となるのも妥当でしょう。
しかし私は、少なくとも「少女漫画」にはほとんど馴染みがありません。
なので、そろそろ人生も黄昏に差し掛かったところですし、「やり残していたことを消化していこう」活動の一環としても、名作として評価されてきた少女漫画を読んでいこうと……思った次第です。
というわけで、少女漫画入門シリーズの記念すべき第1回は……川原泉『甲子園の空に笑え!』(白泉社文庫、1995年刊)です。
100ページ前後の中編マンガが計3つ収録されている「傑作集」とのことです。1984年から86年にかけて雑誌『花とゆめ』に掲載された作品らしい。
川原泉のことをなにも知らないが……読んでみるぞっ‼
銀のロマンティック…わはは
初出:1986年
2024/10/5~9(水)
数日かけて読み終えた。
いやはや……これは……すごいな……
力強すぎるバレエ少女と、悲劇の怪我を負った天才スピードスケーター青年が、ペアを組んでフィギュアスケートに挑む……という基本設定だけ見れば、かなり分かりやすくエンタメで、少年マンガにも出来そうなのだが、いざページを開いてみると、なにもかも異様なノリ。少女マンガに疎すぎて、マンガというよりまったく異なるジャンルの作品を読んでいるようだった。
ちっとも肩肘張っていない軽やかなメタ台詞や作者コメント…… 「なんちゃって/なんちゃって/なんちゃって……」と、描いていることを絶えず茶化しては照れてみせる。それでいて、当のキャラへの愛が削がれるようなことはなく、照れてみせることでキャラの存在を愛しく確立していくような節すらある。
百数十ページの中編マンガということで、物語の指針もよくわからないままに、ほんとうにふわふわと進んでいく軽やかさに瞠目していた。
主人公たちがぶち当たった困難を打開するのが、飼い犬のポチの大見開きなのくそ笑った なんやねんこれ
それまで100ページをよく分からんフワフワしたコミカルで気の抜けたトーンで進めてきておいて、最後の20ページ弱でいきなりシリアスになって、すげぇ「叙情的」な展開になるのびっくりした。でもまだそれまでの間抜けなフンイキは周囲に漂っていて、そのなかを主人公2人が「笑って」銀のロマンティックで突き抜ける・・・ こんなに心に刺さる「わはは」があるだろうか。
最後まで読むと、ダラダラふわふわと間の抜けているようにも思えた構成が、これで完璧だったと気付く。
甲子園の空に笑え!
初出:1984年
2024/10/10-11(金)
うおおお おもしれ〜 名作……
「能天気」なかんじでコミカルにあれよあれよと勝ち進んで、なんか最終的に、悟りを開いたように、楽しさ・幸福さという超越的な境地に至る。「銀ロマ」とだいたい同じ。
『巨人の星』が作中で否定的に持ち出される、ものすごいアンチスポ根野球マンガ。アニメ『バッテリー』に少し似ているが、こちらはより能天気で肩の力が抜けている。
そして、ロマンティックな恋愛を扱う古典的な少女マンガへのアンチテーゼにもなっている…… と見せかけて、最後の方はなんやかんやでライバル校の男監督といい感じのフンイキになってるの笑う。野球部の男子生徒たちはひたすらかわいい。豆たち。
田舎の高校の新任教師として赴任して、ひょんなことから弱小野球部の顧問(監督)を任され、はじめはイヤイヤながらに監督業に挑んでみると案外に才能があり──というプロットの骨子だけ見ると、実はかなり王道の自己充足ファンタジー、女性主人公版の「俺TUEEE系」では?という気もする。それはつまり「少女マンガ」としても王道、ということだろう。
少年マンガやスポ根モノには徹底してNOを突き付けているが。
特筆すべきは、そんなある種スタンダードなプロットに、「野球」という少女マンガらしからぬ題材を入れ込んで、そして川原泉にしか描けない独特すぎるノリを横溢させているところだろう。
なぜかシード制が廃止されてくじ運で甲子園出場を勝ち取るとか、出場校のユニフォームを腐しているうちに甲子園の開会式が終わるとか、ライバル校の監督とイチャイチャするとか、「野球マンガ」を、「野球」を、舐めまくっていて最高。それでいて、意外と野球のルール描写は精緻なのもオモロい。
準決勝で広岡カントクが怖くなってベンチで後ろを向き続けるのとか、ほんと良い。あとになってジワジワと効いてくる良さ。
川原泉の描く主人公の女性キャラの魅力に、どうやらやられてしまったらしい。
これすぎる…… 座右の銘にしたい
コミカルな能天気さを突き詰めていった先で、このような全肯定の境地にいくのが、泣けてくる。感動させようとしていないところに。
ゲートボール殺人事件
初出:1985年
2024/10/11(金)-12(土)
フィギュアスケート、野球そしてゲートボール。この傑作集はすべて何らかのスポーツを題材にした中編マンガで構成されているのか。
マジで殺人事件起きるんだ…… それでも相変わらずのほほんガヤガヤと能天気で草
もはや「アンチミステリ」とかですらない。「甲子園の空~」はアンチスポ根だったけど。
わろた。そこ作中で指摘されるんだ。そしてミステリ世界の住人(真面目な刑事)からすれば、川原マンガのキャラたちの能天気さは「狂気じみた」「異常なまでの明るさ」と映るんだ……おもしろ!
「犯人」が名乗り出て解決したかと思いきや…… こういうの多重解決ミステリっていうんだっけ
おわり!!!
人生のメタファー(?)としてのゲートボール。
すげ~~ おもしろっ! ちゃんと1人ひとが死んでるのに、なんかすげーハッピーでのほほんとした話にまとまるの川原泉節だとしか言いようがない。
ゲートボールサークルのおばあちゃんおじいちゃんたちがワイワイガヤガヤ推理して、あれよあれよと成り行きで、現場に「隠し部屋」があったことが発覚し、名探偵は特におらず、事件現場を目撃していた証人の発言ですべての謎が明るみに出て解決する……(最後に「天国」のシーンまで出てくる。)
ほんとうに、心底ミステリを馬鹿にしている。すばらしい。「好きなミステリ」がひとつ増えました。
ラストで雑に犬の死を扱ってるのも犬好きから嫌われそう。
好きな「殺人事件」作品一覧
・花とアリス殺人事件
・ゲートボール殺人事件 ←new!
そう! 「わけのわからない脱力感」なんだよ! 川原泉のマンガに一貫しているこの独特の雰囲気は。
名セリフだなぁ…… こういう気の抜けた台詞に趣深さを滲ませられるのすごいなぁ お洒落な名言にのんきさを滲ませられる、のほうが正確かな。
主人公(鈴ちゃん)とヤクザの跡継ぎ養子の達ちゃんのあいだには特にロマンスは芽生えず、サブキャラの祐子さんと黒木にしれっと30歳もの歳の差カップル成立させてるのも笑う。
鈴ちゃんが物語の始まりから終わりまで、特に成長も変化もしておらず、ただただのほほんと気楽にのびのび生きているだけなのが良い。のびのびとやりたいように生きている若者に、大人・老人たちが勝手に励まされて見守る構図。「メルヘン」!
てか、「女子高生がある日近所の草むらを歩いていたら立て続けに3人の男を踏んだ」という出だしからして最高なんだよな。
まとめ
読み終わった。銀ロマ→甲子園→ゲートボールの順に読んだ。
3編とも同じくらい面白かった。甲乙つけがたい傑作。
お気楽、のほほん、能天気、"わけのわからない脱力感"……な雰囲気がどれにも通底していて、ひじょーにじぶん好み。少女漫画のなかでもかなり独特で特殊な位置付けなんだと思う。恋愛ロマンスはほとんどまともに扱われない。コミカルなコメディ(喜劇)として、ものすごく好きな部類だと感じた。
アンチスポ根、アンチミステリ、アンチ少女漫画…… のように「アンチ○○」といっても、それは所謂ジャンルへのカウンター意識とか、冷笑的・露悪的なよそおいが皆無で、ただたんに、川原泉にはこのようにしか描けないんだろうな……と、脱力しながら納得してしまう佇まいが紙面に満ち満ちており、そういうところが好きだ。
これら3作を読んで、川原泉の作風を完全に理解した……と言いたくなるが、これは単に同系統の作品をまとめた傑作選だったのかもしれないし、もっと他のも読みたい! 長編『笑う大天使』や、他の短篇中篇も。
ただ、川原泉を読んで面白かったからといって「自分は少女漫画が好き」だと言えるかといったら……ちょっと違う気もする。少女漫画のスタンダードではないだろうから。アンチ少女漫画という節すらある。
でも、1人でも1曲でも好きなボカロP/ボカロ曲があれば「ボカロ好き」だと名乗れるように、もう自分も「少女漫画好き」だと名乗っていいのかもしれない。
少なくとも、少女漫画という広大なジャンルのなかで、川原泉が好みの作家であることは間違いない。薦めてくれた方はまことに慧眼というべきであろう(ありがとうございます)
これまでのマンガ感想note
フィギュアスケート漫画として「銀のロマンティック…わはは」とは何もかも違いすぎる