【授業のあれこれ】授業のことは全て漫才が教えてくれた
正月休み(世間が9連休で今年の教員は損した気分ね)にM-1を見て、それに感化されて令和ロマンの高比良くるまの『漫才過剰考察』を読んだ。
自分の中の授業に対する言語化できない何かが、わかった気がした。
ベテランの教員やベテランの教員に関わったことのある教員の中で、「落語を見ると勉強になる」と言われた方もいると思います。
きっと同じことだろうと思った。
現在、TikTokやYouTubeのショート動画などに触れていない生徒の方が少ない、そこでM-1という4分の漫才はツカミから飽きさせない展開をしないといけない。つまりツカミが非常に重要である。
授業にとっては、「導入」ですね。
「導入」の質で、現在の生徒たちの授業への参加・理解は大きく変わるだろう。
また漫才の「ボケ」「ツッコミ」のバランスは、授業にとっては「発問」だろう。
まずこの2つがうまく回れば、授業はきっと成立する。だから「導入」「発問」を練り続ける必要があるんじゃないかな。
あとは例え。For example!
和むため、理解するため、いろいろある。
「導入」について、「発問」についての「例え」はまた今度書こうと思う。