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人間は知(真理)を探求する存在
紹介されて、ドナルド・キーン著「渡辺崋山」(新潮社)を読みました。
読んでいて、最近人気のマンガ
「チ。―地球の運動について―」との共通項を感じざる得ませんでした。
このマンガは、中世の厳格なキリスト教の思想が支配するヨーロッパです。
今では常識である地動説を研究したり、信じることは、異端として拷問や火あぶりの対象になる時代でした。
「チ」とは、知識のチであり、bloodのチであり、地動説のチです。
人間は知(真理)を探求する存在であることを思い出させてくれる快作です。
江戸時代の末期も同じような圧迫された世界で、幕府への批判は死罪の対象でした。
それでも蘭学から西洋の世界侵略競争の動きを知り、田原藩の国防担当の家老として、強い危機感から、幕府の国防政策を批判した「慎機論」を書きます。
幕府の蘭学嫌いの鳥居耀蔵の恨みをかい、蛮社の獄で、渡辺崋山や高野長英などが一斉にとらえられて、牢獄に入れまれます。
渡辺崋山は、牢獄に入れられた後、蟄居を命じられ自害しました。
渡辺崋山の蘭学情報の翻訳を担当した高野長英は、牢獄を脱走して捕まり、殴打され殺されました。
以前読んだ、吉村昭の「長英逃亡」に詳しく書かれています。
渡辺崋山の想い(真理)は、幕末の志士たちに受け継がれて行きます。