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【映画】寂しさとは

ファーストキス 1ST KISS
2025/02/10 観ながら考えていたことをつらつらと書く、ネタバレしかありません

▫️タイムリープとしての装置
タイムリープ作品には有名なものがいくつかあるが、
タイムリープが叶う条件にはいくつかのパターンがある。
本人がタイムリープできる能力を得るか(例えば時をかける少女)、タイムマシンやそれに変わる装置があるか(例えばBACK TO THE FUTUREやクロノス)、場所、環境自体にその力があるか(例えばペンディングトレイン)。

今回の場合は場所自体に力があるパターンに当たるわけだけど、大抵この場合は満月の夜とか、こういう日取り、とかもう少し条件が必要になってくる、が、
トンネルという要素が全てを解決する。だってそこがトンネルだから。物理学系研究機関がクレジットに名を連ねていたので、何かしら考証もしていると思うけど、トンネルや橋は境界だから、それ自体が異世界との境目になるし、(例えば千と千尋)事故が起きたトンネルに時空の歪みができた。そこに向かって走っていくと15年前(出会った頃だから?)の時空に、飛べる。
難しいことを物語上で説明しなくても解決する、そこがトンネルだから。

本人がタイムリープの力を持っていたり、装置を使ったりするとタイムリープを故意に引き起こしているものなので、寿命が縮まったり時間警察が追いかけてきたりなんやかんや危ない目に遭ったりするけど、自然発生的に場所がその力を持ってしまった今回の事故なら、そういうこともなくタイムリープができる。だって事故でできた歪みに迷い込んだだけだから。(でも多分身体の保証はないんじゃない?事故らなくてよかったね…)

▫️ごはんと味噌汁、生活と地続きにある生死
カンナの記憶の想起シーンの序盤に、特に会話もなくテーブルも囲わずに黙々と自分の分だけを用意し1人で朝ごはんを食べるシーンで、カケルのご飯と味噌汁が逆さ膳になっていること、鑑賞前におすすめ欄に知らない方のツイートが流れてきて知っていて、気をつけて見ていた。1番最後の世界線で、まだカケルが生きていて、2人でテーブルを囲んでメニューは別の朝ごはんを食べる時、ご飯と味噌汁の位置が直っていて、そういうところに、意味がある。

▫️カンナが取り戻したかったこと、カケルがやり直したこと、生き続けてほしいというego
事故が起きた首都高のトンネルでタイムリープできると知ったカンナが、15年前に戻って何度も何度もカケルに出会い直しデートを重ねて、なんとか未来を変えようと頑張るたび、「なんて孤独な別れの儀式なんだろう」と思って見ていた。(ここで“世界で一番孤独なLover“を流しておいてください)

カンナが教授の娘りつとカケルをくっつけようとするあまり、カケルがかき氷の行列に並ぶのをやめて帰ってしまって、長い長い一直線の大きな道路の上でぐんぐん先を行ってしまっていたのに、後ろでカンナが転ぶのを見て、なんだかんだ助けに戻ってきてくれる。これって、今、カンナがやっていることそのままで、長い長い人生の上で、カケルが生存しているところまで戻ってきて助けたくて、もしも立場が逆になっても、カケルも同じことをしてくれたのかもしれない。

“好きなところを発見し合うのが恋愛、嫌いなところを見つけ合うのが結婚“
初めてちゃんと15年前のカケルと会話ができた時、タイムリープがバレて離婚の理由を聞かれた時、カンナはそう説明して間接的にカケルを責める。喧嘩別れにもならない無関心が理由の離婚。離婚直前に亡くしてしまった居心地の悪さはあっただろうけど、自分より家族より人助けを選んだという事実に対する哀しみと、彼がそういう人間だとわかっているからこその悔しさと、本当はずっと一言言ってやりたかった気持ちと、自分がかつて恋した彼への愛おしさ。彼を好きになった理由の再認識。嫌いだった同居人の好きだったところを何度も追体験して、愛おしさを再構築して、でも本来生きている世界線に帰ってきたら彼はもう亡くなっていて寂しくて、なんとかして生き続けていてほしいと祈ってしまう。

もとの世界線のカンナは、もう同じ世界線のカケルを失ってしまっているから、(同じ世界線の自分とは会えないようで)どれだけカケルと会話ができてもデートができても、このまま一緒に幸せを続けることはできないし、帰らなくてはいけないし、もとの世界線のカンナが同じ世界線のカケルを大切にするには生き延びてもらうことのほかない。(でもおそらくセオリーとして、どれだけ小さいピースを入れ替えられても、生死という大きなピースを入れ替えるのはなかなか叶わない)自分のいない世界線だったとしても彼に生き続けてもらうこと、「それでも」の祈り。それは愛でもあるし、egoにもなり得る。(ここで“シアティカ“を流しておいてください)

カンナがタイムリープしていること、カケルに生き続けてもらうためであることがカケルにバレてから、カケルはそこからの15年の過程を大事に、愛おしさで包むと誓う。15年前のカケルなら、これからの15年をやり直せる。ご飯はちゃんと一緒に、向かい合って食べる。こたつで寝込んでしまった相手を優しく起こす。相手の朝ごはんに使うより良い調理家電を買う。相手が好きそうなお取り寄せ餃子を注文する。この15年がどれだけ幸せだったかを伝える。
2025年1月に同じく松たか子が出演していた新春スペシャルドラマ「スロウトレイン」では、恋人と同居を始める弟に向けた「苦労しなさい、サボらないで。」というセリフがある。たぶん「スロウトレイン」の言う「苦労」をサボらなかった結果が、離婚しなかった夫婦なのだ。
離婚したカンナにとって「嫌いなところを見つけ合うのが結婚」だったけど、離婚しなかった夫婦にとって「気になるところが愛おしくなっていくのが結婚」だったと思う。

”寂しいという感情は、好きになったからこそ”
先日観た映画「at the bench」(今も公開されてます)で、「寂しいという感情は、幸せが残していったものなんだね」(生方美久さん脚本パート)というセリフがあった。心理学的には寂しさは1次感情、怒りは2次感情らしいが、どうしようもない寂しさの起因が幸福感に落ち着いたとき、寂しさの存在を自責しなくて済むのだろう。

自分が亡くなった事故の話を聞いて、真っ先に出てくるのが自分が助けようとした赤ちゃんの安否なの、カケルの人の良さが存分に出ていたし、最期までそういうところがカンナは嫌いになりきれなくて。でも、誰よりも自分を大事にしてほしかったよ。

離婚した世界線のカンナが自分の世界線に帰ってからどうしたか、世界がどう変わっていたかは描かれなかったけど(歴史を変えてしまうことになるので描けなかったんだと思うけど)、別の世界線でもカケル本人に生き続けてほしいと伝えられたことは、無関心離婚別れよりもずっと、別れの儀式になったんだろう。あの教会のファーストキスは(別の世界線を含めた)相手を大事に思うと誓う、そういうキスだった。(ここで“最後の涙“を流しておいてください)

ところで、同じように最愛の相手に生き続けていてほしい願いを原動力に、タイムリープを続ける物語を私はよく知っている。
成井豊『クロノス』(論創社)/原作梶尾真治『クロノス・ジョウンターの伝説』
演劇集団キャラメルボックスでこれまで3度上演されている舞台脚本。原作は2019年に映画化もされている。タイムリープができる機械クロノス・ジョウンターの研究員、吹原和彦が、再会した初恋の人、蕗来美子を事故から救うため、自分自身を過去へ飛ばす物語。
「僕は未来から来たんだ。君を助けるために」

吹原の場合は事故が過去時点でもう起きているために全然時間がなくて、自分が未来から来たことも、これから起きる事故のことも伝えて、その度に来美子に怪訝な反応をされて、それでも彼女を救うために何度も過去に向かう。自分はペナルティを抱えながら。
ファーストキスの2人の場合は、違う世界線を生きる同士でも出会ってすぐになんとなく波長があい、好意を抱き、スズリカケルの名の珍しさと未来日付の付箋があり、いくら不思議でもなんとなく信じてしまえるような根拠がたくさんあった。だからカケルは信じてくれたし、何度も繰り返し試みていることも好意的に受け取り、カンナのために未来を誓ってくれた。

でも、「相手に生き続けていてほしい」は重い枷にもなる。
りつは「カケルさんは幸せだったんでしょうか」と言ったけど、自分の余命を知ったカケルの人生は幸せだったかな。(そんなことはカケルが決めることだから他人がどうこういうことではないが)
豊かで愛おしい結婚生活はカケルが望んだものだけど、そもそも自分の願いのために、相手の運命を変えようとすることは、egoにはならないのかな。カケルには長寿よりもカンナとの日々を愛おしいものにするほうが大切で、それを自分で選んで、叶えてくれたんだ。
(舞台版クロノスの脚本、原作小説はハードカバーとして販売されています、私の近隣では図書館にもあったのでご興味あればどうぞ)

▫️願ったものは大体手に入れてきたのに、カケルの隣に立てなかったりつ
りつって結構ちゃんと本心で、カケルのことが好きで、好きだから上手くできなくて、少し勝気で素直で可愛らしい女性であると、なんだか憎めないように描かれていて/演じられていて、好きだったんですが、だからこそ、自分はあれだけ近くでカケルと思ってきたのに、絶対にカケルを幸せにしてみせるのに、なんで自分じゃなくて、ぽっと現れたカンナなんだろう、って悔しさがずっとあって。だからカンナがカケルを大事にできていなかった結果が出てから、責めに来たんだと思うんですけど。それもそれで、彼を幸せに、大事にしていてくれれば、の祈りで。

でもりつは2人でパン屋さんも営みたくないし、かき氷の行列に並びたくないし、カケルがほんとはお酒苦手なことを知らないし、自分がカケルのことを好きで父も自分とカケルとの結婚を望んでいてそれがカケルの幸せだと信じていて(カケルの立場はなんだか囚われのお姫様みたいで男女逆でもあり得る話かも)、りつの思う幸せとカケルの思う幸せはきっと違って、それはカンナが持っていて、それがきっと好きと生活の違いなのかもな。

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