加害と喪失の話
短歌の話をしようとしたらとんでもなく物騒なタイトルになってしまった。加害と喪失と、それらを踏まえた菊智七星の短歌の話をします。
まず手始めに、なぜ私がこんなに加害と喪失という概念に対して過剰に反応する人間に育ってしまったのか、という話から。これは意外と明確で、きっかけは様々なコンテンツを追う中で舞台俳優さんや配信者さんなど、いわゆる「生身の人間」を推し始めたことだった。
それまでの私は典型的な2次元のオタクだったので、「今を生きる生身の人間」を存在ごとコンテンツとして消費することがめちゃくちゃ恐怖だった。実際に誹謗中傷やファンの言動が原因で活動の場を離れてしまう方もいて、そういった環境に身を置き続ける中で「応援と加害は紙一重」という認識が自分の中に染みついていったように思う。自分が向ける好意は他人の人生を侵害しうるんだ、己の加害性に自覚を持たなければ、無自覚に相手を傷つけてその存在を失うことは何としても避けなければ……みたいなことを考えて悶々としながら好きな人たちを推し続けていた。3次元のオタクをやるのがあまりにも向いていなさすぎる。
短歌を詠み始めた頃にはこの思想はすっかり定着していて、その結果として異常なまでに己の加害性と大切な存在の喪失を詠み続ける怪物・菊智七星が爆誕した。実物を見た方が早いと思うので、以下にこれまで詠んだ短歌の中から一部を抜粋します。
①どこまでも人間 生きてゆくことはきっと誰かを傷つけること(2023.02.27)
②幸せになって欲しいと思うけど君を失うのは怖かった(2023.05.20)
③大切にすると誓ったひとだから壊してしまう前に手放す(2023.08.30)
④幸せになってください幾ら手を伸ばしても触れられない場所で(2023.12.17)
⑤生きるとは即ち加害スプーンがゆっくりバニラアイスを抉る(2024.08.29)
古い順に並べてみるとざっとこんな感じ。ひ、ひっで〜!!!短歌としての巧拙は一旦別として思想が重すぎる。なんだ①と⑤の「生きてゆくことはきっと誰かを傷つけること」とか「生きるとは即ち加害」って。己の加害性を意識するにも程がある。
でも本気でこういうことばっかり考えていたので、時間が経つにつれてどんどん思想が「あなたに幸福になってほしい→私はあなたを傷つける可能性があるので消えます」みたいな方向に寄っていった。このあたりの思想の変化は結構露骨に短歌にも出ていて、②では「君を失うのは怖かった」と相手の喪失を怖がってたのに対して④では「幾ら手を伸ばしても触れられない場所で」と触れることすら諦めて距離を置こうとしていたりする。完全に「自分の不在=相手の幸福」という歪んだ認知が出来上がっていて、当時はそのことに対して特に疑問も抱いていなかったし、そもそも自分の思想が歪んでいることに気付いてすらいなかった。
しかし、実は色々あった結果この歪みに歪んだ認知が最近になってちょこ〜っとだけ改善されていた。私は一番新しい連作に組み込んだ一首を読んで後からそのことに気付き、そして同時に自分で詠んだ短歌に自分でめちゃくちゃ感動した。
傷つけるのは怖いけど手放すのはもっと怖くてどうしよう、雨(2024.11.06)
それがこれ。私が感動したのは後半の「手放すのはもっと怖くてどうしよう」の部分で、③と並べて読み比べるとこのフレーズの重要さがより際立つ。
大切にすると誓ったひとだから壊してしまう前に手放す
傷つけるのは怖いけど手放すのはもっと怖くてどうしよう、雨
そう、めちゃくちゃシンプルに考えて、大切に思っている相手をわざわざ手放したいわけがない。私は今までずっとそこを無視して「あなたを傷つけたくないので離れます」という短歌ばかり詠んできたけど、所詮はそれすら綺麗事で、多分、私はいざとなったら相手のことを手放せない人間だと思う。どれだけ自分の存在が相手のことを傷つけていたとしても、せっかく掴んだ手をあっさり離して「はいさようなら〜お幸せに〜」が出来るとは到底思えない。絶ッッ対そんな心の余裕ない。ようやく、ようやく自分でその事に気付けて、かつそれをほぼ無自覚のうちに短歌に出来ていたので、自分でこれはものすごい成長だ!と思った。内容としては②の頃に戻っただけなんだけど、一番最初からあったはずなのにずっと無視し続けてきた本音をやっと素直に言えるようになったんだなあ……の気持ち。
もちろん身の周りの人たちを傷つけないようにするための努力も必要なんだけど、もっとちゃんと自分自身の気持ちにも向き合えるようになりたいな〜と思えた出来事でした。加害への拒絶だけじゃなくて喪失の怖さとか、もっと欲を言えば大切な相手がいることに対する喜びとか嬉しさもきちんと形にしてあげたいですね。あと読み返して思ったけど普通に短歌上手くなってね??(唐突な自惚れタイム)
おわりです!みなさま、今後も激重思想モンスターの菊智七星を何卒よろしくお願いいたします!