2024/12/19 何故私の右肩が壊れたのか

普段は書き終わってからタイトルを決めるのだが、今回はこれについて話したいのでタイトル先行で書こうと思う。

昨日の夜、突然右肩が痛くなってしまった。腕をあげようとしたときに、自分の体を0°としたときに、70°くらいまで上げた時点で痛い。そんな状態になってしまった時点で今日自分に出来ることは何も無いと思い、その日はさっさと寝た。その結果、カレーを作りや洗濯物干し、風呂掃除などをやる親との約束を全て反故にすることになり、親は夜25:30まで作業することになってしまったらしい。ちょっと申し訳ない。

ちなみに治ったわけではなく、今も少し痛い。でもまぁ90°以上も余裕で上がるし、日記を書くのに支障も来さないから今日は大丈夫だろう。
さて、では何故私の右肩が壊れてしまったのか。ほぼ間違いなく、左手を庇って全ての日常的行動を右手でやっていたことが原因だろう。

怪我したての頃、私は左腕を三角巾で吊ることになっていたため、物理的に左手で物を持ったり、肩にかけたりすることが出来なかった。リュックサックを背負えないため、肩掛け用の紐を用意して右肩で背負った上で、さらに手持ち鞄も右手で持って、という感じで、負荷を一極集中する形になった。

他にも、身体洗うときも左手の手首が満足に使えないため、なるべく右手で頑張ったし、ドアノブを回せないため、無理やり右手を使うために身体を捻る場面が多かった。左手を使わないことを意識するあまり、重量的な負荷及び姿勢的な負荷が通常時と比べものにならないほどにかかってしまったと考えられる。

左手が最低限使えるようになれば、ある程度戦列復帰できるものと思い、「これだけ出来ますよ!」とアピールしてきたが、そのアピールのために右半身、特に肩にダメージを蓄積してしまっていたようだ。安静期間というのは、左手のみ安静にしていればいいのではなく、身体全体で休まないといけなかったというわけである。

安静期間と言われていたのに、何故戦列復帰のために頑張ってしまったのか。これは私の二つの心理状態が原因と推測している。一つは「焦り」、もう一つは「失望されたくない」である。

焦ってしまう性質は昔からずっと変わらなくて困っている。自分の計画通りに行かなかったときに、計画に戻すためにすぐ無茶をしようとしてしまう。これの対策は、余裕を持ったスケジュールをあらかじめ確保して、計画通りに行かなかった場合は計画を後ろ倒しにする、である。

これを阻害するのが、失望されたくない、自分を良く見せたい、という心理状態である。余裕を持ったスケジュールを提案することで、サボる時間を用意しているとか、能力が低いと思われたく無いため、常にギリギリを攻めようとしてしまう。スケジュールを後ろ倒しにするのも、自らの無能の証明のように感じてしまう。

精神科医にも言われたことだが、完璧主義をやめてしまうことでしか、自分を追い詰める行動を止めることが出来ない。元々自分は能力が高いことを信じて、もっと自分に優しいスケジュールを組むようにしていかないと、生きやすくならないだろう。余裕を持ったスケジュールで誰よりも成績を上げるのが一番かっこいい。過労のストレスで前職やめているような奴なのだから、もっとゆるっと仕事しても怒られないだろう。暫くの目標は、「ゆるっとゴー」だ。

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