ブックレビュー「サードドア 精神的資産のふやし方」
今回はビジネス書大賞2020でノミネートされたものの最終的には受賞には至らなかったアレックス・バナヤンの「サードドア 精神的資産のふやし方」をご紹介する。
まずサードドアとは何か。
【サードドアとは】
人生、ビジネス、成功。
どれもナイトクラブみたいなものだ。
つねに3つの入り口が用意されている。
ファーストドア:
正面入り口だ。長い行列が弧を描いて続き、入れるかどうか
気をもみながら、99%の人がそこに並ぶ。
セカンドドア:
VIP専用入り口だ。億万長者、セレブ、名家に生まれた人だけが
利用できる。
それから、いつだってそこにあるのに、
誰も教えてくれないドアがある。
サードドアだ。
行列から飛び出し、裏道を駆け抜け、何百回もノックして
窓を乗り越え、キッチンをこっそり通り抜けたその先に─―
必ずある。
ビル・ゲイツが初めてソフトウェアを販売できたのも、
スティーヴン・スピルバーグがハリウッドで
史上最年少の監督になれたのも、……みんな、
サードドアをこじ開けたからなんだ。
大学一年生18歳のアレックス・バナヤンはペルシャ系ユダヤ人の移民である両親から医者になることを期待され大学で勉強しているが、医学の勉強に興味が持てず、自分が何を本当にしたいのか悩んでいる。
図書館でふらふらと伝記コーナーで見つけたのがビル・ゲイツの本だった。自分と同じ歳で会社を立ち上げ、世界で最も価値ある会社へと育て上げ、政界一の金持ちとなり、CEOを降りた後は世界で最も寛大な慈善家になった人だ。「彼は一体どうやって成功の道を上り詰めたのだろう?」「全くキャリアを持たない自分のような人間が彼のような成功の道をどうやって歩んでいけば良いのだろう」
図書館で数週間その答えを探したが、人生の始まりに的を絞った本は何も無かった。「それなら自分で書くのはどうだ?」「答えを出す旅-”ミッション”をみんなを代表して始めてみよう。」
まずは費用の工面だ。彼はテレビ番組「プライズ・イズ・ライト」に出演し、期末試験が迫る本番に挑んだ。その結果何と彼は豪華ヨットを賞品として自分のものにし、それを船舶ディーラーに一万六千ドルで売り軍資金を手に入れることに成功する。
軍資金でまず彼は始めたのは名刺作り。そしてアマゾンから何十箱もの段ボールに入った書籍。そして次にミッションのためにインタビューする相手のリストを作り始める。ビル・ゲイツ、スティーブン・スピルバーグ、レディ・ガガ、マーク・ザッカーバーグ、ウオーレン・バフェットなどなど。
ここからが彼らをインタビューする試行錯誤の連続になる。
そして実際に彼は紆余曲折と失敗を繰り返しながらも、スピルバーグ、ティム・フェリス、シュガー・レイ・レーナ―ド、チー・ルー、エリオット・ビズノー、トニー・シェイ、ラリー・キング、ビル・ゲイツ、スティーブ・ウオズニアック、アルマンド・ペレス、ジェーン・グドール、マヤ・アンジェロウ、ジェシカ・アルバ、クインシー・ジョーンズ、レディー・ガガへ辿り着いていく。
そして彼が得たものは...「どんなドアだって開けられる」、「可能性を信じられる人間になることで、可能性を広げることさえできる」ということだ。
以上がこの本の内容であり、わずか数年の間のジェットコースターのような浮き沈み、そしてその様子を描く歯切れの良い文体はさすがベストセラーになりうる本だと思う。
しかし、それではこの本が当初アレックスが狙った通り、「まだキャリアの無い人に対して成功への道筋を示唆する本」に本当になっているのだろうか。
本書のオリジナルタイトルは”The Third Door: The Wild Quest to Uncover How the World's Most Successful People Launched Their Careers”でどこにも「精神的資産」という表現は見当たらない。日本語のタイトルは「サードドア 精神的資産のふやし方」とあるのでこの日本語タイトルを付けた人は、サードドア=精神的資産という位置づけで考えたものだと思う。
そしてその精神的資産そのものが「どんなドアだって開けられる」、「可能性を信じられる人間になることで、可能性を広げることさえできる」ということなのだと推測する。そしてその精神的資産をふやすには、ビル・ゲイツやウオーレン・バフェットやレディ・ガガといった「ありえない」有名人にインタビューする、というミッションが必要だったということなのかもしれない。
この本に関するブックレビューを見ていると、「若者はがむしゃらさを彼から学ぶべきだ」、「勇気をもって困難に挑戦しよ」、「大切なものは成功や失敗の彼岸にある」、「人生の教訓に満ちている」といった「それに比べて最近の若者は...」的なものが多い。
しかし私にとってはアレックス・バナヤンがわずか数年のストリートファイトと「ありえない」有名人から学んだスマートな実践知の寄せ集めにしか見えない。密度が高くともたかだか2-3年の経験とインタビューで普遍的な人生の教訓に満ちているようには思えないし、この本の勢いを借りて「若者はがむしゃらで無ければ」といったメッセージを与える気にはなれない。
繰り返しになるが、著者が経験したジェットコースターのような浮き沈みはスリリングであり、その話と色々な人との出会いは本当に面白いし、キャリアの無い若者に勇気を与えるという目標は十分達成しているとは思う。
それでも正直、私はビジネス書大賞を”Factfullness”で受賞したのが69年の人生を全うし、長年の紆余曲折を経て得た実践知を見事にファクト重視として形式知化して見せたハンス・ロスリングの方だったことに安堵している。