僕の中のジェンダーマイノリティ
こんちは、かわこうです。
最近、宮台真司さんと、野田智義さんの書かれた、「経営リーダーのための社会システム論」という本を読んでいます。
宮台さんの話というのはとても面白くて、youtubeから本に流れました。
この本の中でも紹介したいところはいろいろとあるのですが、この中で、本筋ではないですが、一節から少しいつも思っていることを思い返したので、それについてお話したいと思います。
近年、社会システム化が進むことによって「孤独」が問題とされています。そして、統計的には孤独死するのは高齢の“男性”が多いです。
宮台さんが以前ピースボートで世界一周した時の話。
3ヶ月ほどかかるので、引退後の夫婦が参加者のほとんどらしいのですが、食事のときなど、女性グループは盛り上がっているものの、男性グループは会話がは弾んでいなかったらしいです。
また、船上である人と名刺交換した際、「○○株式会社・元部長」と書いてあったようで、たとえ「元」であれ、その肩書がないとアイデンティティを失ってしまうのが男性なんだと、腰を抜かしたそうです。
別のページでも男女のことが解説されています。
男性は差別されずに社会的ポジションを手に入れやすいですが、女性は差別される分低いポジションやステータスに甘んじなければなりません。
男性は友達が少なくても孤独でも、競争に勝っている限り「俺は勝ち組だ」と思っていられます。
一方、女性はもともと勝ち組になれる可能性が低く抑えられているため、幸せにいきていくには男性が注目しにくいファクター、つまり人間関係を大事にしなければならない。
という話です。
僕は、できる限りその人を「肩書」でみたくないなあ、ちゃんとその人の人柄を知って付き合いたいなあという気持ちが働きます。
そんな毎年毎年入れ替わる肩書なんかでその人のことを表せるわけがないし、アイデンティティというのはそういうものではないですよね。
もっと、その人がどんなことが好きでどんなことに悩んでいてどんな考えで生きているのか、そういうことを知りたいです。
競争に勝つことにもほとんど興味がないですし、そんなことよりももっと自分自身の精神的な満足感を重要視しています。
さて、僕は一般的な男性が重要視しているようなことにあまり重きを置かない、言ってみれば女性的なところがあるのでしょうか。
もちろん、それこそ人を「男性」「女性」と2分できるものではなく、1,000人の人がいればそこには1,000通りの性格や人生があると考えていますが、ここでは便宜上、生物学的、ゲノム的に一般的に言われる男女の違いというものはあると思いますので、その前提で考えます。
僕が昔から気になっていたことがあります。
女性と話している方が圧倒的に心地良いんです。
恋愛も楽しいというのはありますが、恋愛関係ではなく、友達関係でも男性と話しているよりは圧倒的に女性と話ている方が共通の感覚を得られるような、分かり合えるような気がして、すごく楽しいです。
男性だけで集まって、バカみたいな話をするのも楽しくないわけではないですが、複数人の女性の中に僕1人男性、みたいな状況の飲み会なんかが最も楽しいです。
会話の盛り上がり方が全然違う感じがして、僕の今までの経験では、女性の方が深い話ができて、話した後に心が満たされるというか、充実感を得られるんですよね。
ただ、女性とばっかり集団を形成していると、周囲の目も気になりますし、女性側も違和感があると思うのであまりそういう状況がなかなか実現はしないのですが、本当は女性ばっかりの集団と会話をしたいと思うことがあります。
大学生の頃に付き合っていた彼女からは、思いっきり「女々しい!」と言われたことがあって、当時はショックでした。笑
当時はまだ「男らしくしなければ」みたいな感覚があったので。
近年はジェンダーの話の中で、SOGIというワードが用いられます。
SOGIというのは、Sexual Orientation and Gender Identityの略で、性的指向と性自認を表す言葉です。
「性的指向」というのは、好きになる性、「性自認」とは心の性を表すものです。
これに当てはめてみると、僕は「性的指向」:女性、性自認:男性、だと思っています。マジョリティの男性でしょうか。
さて、ここで言う「性的指向」というのは、恋愛対象を指していると思います。友達関係の指向というのは考慮されていない考え方が一般的だと思います。
ただ、僕は先程言ったように友達関係を女性に持っている方が、圧倒的に心地良いんです。
こういった友達関係のことまでジェンダーの話に加えてみれば、僕はジェンダーマジョリティなのか、ひょっとしたらマイノリティなの?って思うことが多々あります。
本当は女性と話している方が楽しいのに、社会の価値観によって、男性と集団を形成するという圧をかけられている感じがする。もちろんその圧をものともせず、周囲の目を気にせずに自分らしく振る舞うということもできれば良いんですが、どちらにしても生きづらいなあと感じます。やっぱりもし女性と集団を形成してしまっては周囲の視線が気になるからです。
さて、どうでしょうか。恋愛関係というのは、家族に発展していく、つまり同性婚の問題に発展していきますので、社会問題に発展しやすいんだと思いますが、友人関係というは、元々勝手にどうぞというものなので、別に社会問題にならない気がします。
でも、僕みたいにひっそり困っているみたいなことって世の中にまだまだあるんだと思います。
人間って、社会って面白いですね。