龍の背に乗れ! ①
逃げる勇気、諦めのスキル
羽田空港出発ロビーの雑踏の中で前方の行列を眺めていた時、頭の中に突如龍のイメージが浮かんだ。
そうか❗️
私がシンガポールに行く理由は、きっと子供の頃テレビで聞いたあの“アジア4小龍“という魅力的で何か象徴的な単語がずっと潜在意識の中に残っていたからだ。
—-半年前—-
私ヒレヨは会計士の資格取得に向けた受験勉強をする苦学生。 仕事を辞めて勉強に専念すること4年、
あと一歩と言う所まで来ていた。
そして妻のミチは、新婚で余裕のない中、私のヒモ生活を笑顔一つで受け入れ、応援し続けてくれている。
「いつかの日か一緒に独立開業し、好きな土地で事務所を開業しよう。」
そんな話をしながら、自分自身もその準備のため法律事務所に転職し、2人分働き、心許ない我が家計を支え続けてくれているのだ。
なのにである、
本試験数ヶ月前という時になって来た頃、心に異変が起きた。
夢はもう間近、ゴールに向かって一直線、最高の景色に出会うその目前になって突如、最後の山頂アタックする気力が完全に萎えてしまったのだ。
一体全体何でこんなことになってしまったのだろう、理解不能でいくら考えても答えは出ず、あるのは情けないのと悲しい気持ちばかりだった。
ある時もう、参考書に触れることも苦しくなっていた気分最悪の私は、勉強しに行くフリをして家を出て、有楽町の街を無目的にぶらついていた。
そんな時、ふと目に入ったのが某人材派遣会社が企画する“アジア転職セミナー”の文字だった。
無気力の塊となっていた私はもはや自分で意思決定する力も失っていて、言葉に吸引されるが如くそのセミナーに会場入りしていた。
会場にいる人達を見回すと比較的スーツ姿の女性が多い。
一方私は長い受験生生活で新しい服もロクに買えなかったし、準備もしていなかったので、ヨレヨレTシャツに破れたGパン姿。
勢いで入ったもののだいぶ浮いてしまっている。
場違いな格好の怪しい珍入者が勝手も分からずチラチラと周りの人達に見惚れていたところ、しばらく経って思いとは裏腹に全身がすこしづつ別の空気を参加者から受け取りはじめた。
それは単身海を渡ってでもチャレンジしてやろうと言う冒険者達の空気。
そう、ここにいる人達は皆今持つ多くの生活資源を失ってでも新しいことをはじめてみようという意思を持った人間達の集合。
私が感じている何かは強力な現状維持バイアスの殻を破ろうとする人達が発するとても強い空気だったのだ。
空気なんて言ってしまうと少し曖昧だけど人はそんな情報を周りの人の言葉やしぐさ、顔つきや身だしなみなどから五感で信号として受け取っているのだと思う。
心臓の高鳴り、説明のつかないワクワク感。
ずいぶんと鳴りをひそめていたドーパミン反応が戻ってきたぞ!
セミナーの最後で、香港・タイ・シンガポール転職者達の現地生活事情のプレゼンが終了した頃には私の頭の中はすっかりシンガポールに行くぞという気持になっていた。
でもそんなこと許されるのだろうか。
どう考えてもまともとは思えない妻に対する裏切りともとれる方針転換。
それでももう自分にはこのまま勉強を無理して続けることはできそうになかった。
ここは思い切って気持ちを誠心誠意伝えるしかない。
自宅に戻りその晩すぐに、
勉強を続けて来たけれど途中で気持ちが冷めていた事。
気持ちにある程度気づきながらもサンクコスト効果に捉われ、惰性で勉強して来たものの、結果ここにきて心がバーンアウトしてしまったこと。
今日気まぐれに入ったセミナーで新しい“やってみたい”が見つかった事。
そして無気力症になってしまう前に方針転換したいこと。
全くぶっ飛んだ話だけれども、一所懸命伝えてみた。
妻の答えは一言、「えー楽しそう、やってみようよ!」
ビールと好物のおつまみビッグカッちゃんを食べながらあくまでもリラックスモードであった。
ずっと家計を支えて来てくれた妻からの言葉は怒るでも皮肉を言うでもなく素朴な感想に思えた。
2本目のビールを開けて、目を輝かせながら楽しそうにしている妻の様子を見て、私は胸がいっぱいになり、続ける言葉もなくただただ頭を下げるしかなかった。
そして夫婦具体的な話し合いの結果、まず単身自分がシンガポールに渡ること、新しい仕事が見つかり生活が軌道に乗り次第、妻を呼んで本格移住生活始めよう、と言うことで話が決まった。
出発の日には、羽田空港に妻、母、妹が見送りに来てくれた。
出国ロビーを超えてエスカレータに乗る時には、遠く離れた窓越しからいつまでも手を振ることをやめない3人の姿がチラッと見えた。
それを見て不覚にも涙が出てきて止まらなくなった。
恥ずかしながらもこんな希望に満ちた涙を流すのは初めてかもしれない。
よし、また力が湧いてきた。
まずシンガポールという小龍に飛び乗ってやる、そして道筋を作ってミチと再会だ!
それでも.. それでもまたどうしても自分の心がギブアップのタップをして来た時は性懲りもなく、やっぱり逃げ出そう。
はたからみれば最低なヤツかも知れない。
だけど共倒れするよりはずっとマシ、好奇心のアンテナを掲げて自分にできることを追求しよう。
<<ワード>>
<現状維持バイアス>
目の前にたくさんの選択肢があっても変化を嫌い、たとえそれが非合理な場合であっても現状維持の選択をしてしまう心理状態。
<サンクコスト効果>
過去に投資した費用や労力が既に回収不能となっているにも関わらず、損失を恐れ、行為を継続してしまう心理効果。
<バーンアウト>
心身共に負担がかかり過ぎて消耗し、無気力になってしまう症状。
燃え尽き症候群とも言う。
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