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向日葵だった人

額にじわりと汗が滲む。薄い生地と言えども、腹の少し下をがっちりと掴まれたように纏っている浴衣は暑い。
彼女は殊更に暑そうだ。僕より一、二枚多く重ね着しているはず。落ち着いた緑を基調とした浴衣。帯の上から、さらにシースルーな赤いリボンを巻いている。
結んだ後ろ髪に、くるりと波打つ後れ毛。目元のラメが太陽の光を反射させて、キラキラと音を奏でているみたいだった。

三時間ほど余裕を持って家を出て、会場近くのチェーンの喫茶店に腰を下ろした。僕ら以外にも浴衣の袖を揺らしている人たちがちらほらいた。外はじめりとした湿気で包まれているが、店内に入ると直ぐに汗は引いた。
僕はメロンソーダとショコラケーキ、彼女はオレンジジュースとピスタチオケーキだったかな、緑色のケーキを注文した。ドリンクの値段に+百円でケーキがついてくるのなら、頼む他ない。
一時間ほど話をしてけだるい時間を過ごし、そろそろ出ようかとお手洗いに向かったところ、喫煙所の文字が視界に入った。店内に喫煙所があるなんて珍しい。灯の付いていない小さな部屋、小窓から溢れる陽の光が心地良かった。

喫茶店から会場まで、徒歩十五分ほどだった。堤防に近づくにつれて人々の賑わいは大きくなっていき、四年越しの祭りがそこにあった。
打ち上げ場所から二つ橋を超えた堤防沿い、階段を数段降りた草々の上に腰を下ろし、コンビニ袋から酒と柿の種、焼きそばを広げた。ビールのロング缶は既に残り一口だった。
緑色の浴衣を纏って楽しそうに揺れる彼女は、風に靡く葉の中に咲く華だった。赤いリボンもついてるし。
浴衣姿を見るのは初めてではないにせよ、戸惑うほどに可愛らしく、カメラを構えて連写した。

目の前の草原に細い白糸で大きく囲われている箇所があり、大家族が来るのかな、なんて話していたら、黒人男性が二人だけが座った。大きめのスピーカーをどんと置いたので、ズンチャカとレゲエ系でも流されたら堪らないなぁと笑った。

19:30開始予定の打ち上げはなかなか始まらず、二十分ほど経った気が抜けてきた頃、突然遠方の空にドンッと花が咲いた。おぉ〜、と感嘆が息を吐くみたいに漏れる。始まった!と白い歯を見せた彼女も色とりどりに煌めいていた。
のちに、「開演です!」のアナウンスを置き去りにトラブルがあったらしいことを知った。打ち上がらない花火と、「今なんじゃない?」と皮肉ったように緑黄色社会が歌い続けていたようだった。
通りすがった浴衣姿の女の子たちに「hey! together どう?」とナンパしていた二人組の黒人男性たちのもとに、四、五人の女性陣が加わった。と同時に、メロウなビートを刻む音楽がスピーカーから流れ出す。「割とええやん」と(物理的に)上からものを言った。

恋人とお酒を飲みながら花火を仰ぐ、という夢があった。交際三年目の夏夜、ようやく彼女と実現することができて素直に嬉しい。
できなかったこと、しなかったことを時間をかけて現実にしていく幸せの流れの上を漕いでいた。
この日を糧に仕事を頑張ったのに、もう花火は終盤だった。嬉しさと寂しさが胸の中で手を繋いでいた。

一心不乱に花火を見つめ続ける彼女の横で、主役をよそに星を眺めていた時間もあった。曇り空だったけれど、咲き誇る花火の陰で輝き続ける星々が綺麗だった。

帰り道は混雑するので徒歩にした。歩幅が狭い浴衣で一時間半ものあいだ歩くのは至難だったし、疲れと眠さでまともに会話ができなかった。それでも内心は楽しかった。心残りと言えば、帰り道まで楽しそうにできなかったことだ。
家に着いたのは23時近くで、もうへとへと。翌日は仕事だったので早く眠りたかった。
帰路も楽しそうにしていた彼女は愛おしくて、この先もそのままでいてほしいなと願った。

最も大切な人を、昔から慣れ親しんだ花火大会に連れて行くことができたので、今年はいい年だ。
来年は彼女も社会人になるし、再来年やその先はどうなっているのか予想もできないけれど、この日をまた隣で過ごせたらと思う。


手紙読む前に投稿しておく。

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