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「形見」 橘しのぶ

 14時から詩の合評会です。それぞれが持ち寄った自作を朗読。感想を言い合います。私はこんな詩を持っていきます。

形見

さるが木から落ちた
落日みたいな果実を捥ぎとったとたん
まっさかさまに落ちた
さるはよろよろ立ちあがると
それを丁寧にさしだした

枝は
大切なものを抱きしめるように撓みながら
緑の天蓋をしげらせている
雨に晒されることも
風に吹かれることもなかった
ももくりさんねんかきはちねん
さるが耕してたねを撒いて育てた木である
そのかたわらで緋毛氈に女の子座りして
爆ぜた薬玉みたいに わたしは歌った

はやく芽を出せ さるのたね
出さぬと鋏でちょん切るぞ

年中 春であったから
夏や秋や冬があることを知らなかった

ひとくち齧って さるにあげたら
ひとくち齧って わたしにくれた
わたしさるわたしさるわたし
かわりばんこに齧った
裸木の枝が宙を刺し
目には見えない疵口から
云いそこねた言葉が風花になって舞いおりる
さるわたしさるわたしさるわたしわたしの
冷えきった掌に形見をのこして
さるはもういない

はやく眼を出せ さるのたね
出さぬと鋏でちょん切るぞ

苦いたね オブラートに包んで
一息に飲みくだす

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