東信は、三重塔王国か その①
突然ではあるけれども、信州の東信地方は、全国的にも有数の三重塔王国なのではあるまいかと思う。
信州に残る文化財(国宝・重要文化財・県宝)としての三重塔は10基ほどあるのだが、そのうちの7基が東信地方に存在する。(小県郡に4基、佐久郡に3基。)
また、日本の国宝に指定されている三重塔は13基であるが、そのうちの2基が東信地方の小県郡に存在するのだ。(上田市の安楽寺八角三重塔と、青木村の大法寺三重塔。)
質としても量としても、全国屈指なのではあるまいか。
そこに加えて、安楽寺八角三重塔と大法寺三重塔は、その建築様式をまったくたがえた三重塔として、互いの個性を潰しあうことがない。
同じ地域の中で、禅宗様(唐様)と和様のふたつの様式の三重塔を、それも、国宝として見ることが出来るとは、驚き以外の何ものでもない。
そしてさらに驚くべきことは、なんと、ふたつの国宝三重塔は、クルマで15分ほどのごくごく近い距離にある。
これはとても贅沢なことなのではあるまいか。
東信地方に建つ文化財としての三重塔たちも、見るだけであれば、一日ですべての箇所をまわれるような距離に、全10基が建っている。
三重塔をめぐるツアーがないのが不思議なくらいに、貴重な三重塔が密集しているのが、東信地域の特徴であろう。
けれども、さすがに一日でまわるとなると、体力的につらさも出るだろうから、お勧めは、別所温泉に停泊しての、一泊二日の日程である。
国宝八角三重塔は別所温泉内にあることであるし、歩いていけるほどの距離に北向観音堂もあるわけだから、時間的にも有意義であろうかと思う。
それでは、三重塔ツアーよろしく、東信地方の魅力的な三重塔たちを、つらつらと紹介してみよう。
まず、最初に見る三重塔は、信濃国分寺境内に建つ三重塔がいいだろうと思う。
上田レイラインの始点にあたるとも言われている三重塔であるので、観光の始まりにもちょうどよい。
手前にある池が、三重塔の姿を映しこんで、これぞ日本の仏教建築といった体である。
銅板葺きの屋根に見える雨垂れ跡が、重厚感があってまた渋い。
近くにある旧信濃国分寺跡には資料館が建っており、上田地域の事前学習とすることも出来るので、コアな歴史ファンの方にも対応可能だ。
資料館に併設された庭園では、カバンの藤が、春に豪奢な花序を滝のように降り注がせることで有名である。
信濃国分寺の本堂は、一月八日に催される大縁日から、八日堂との別名を持つ。上田市民とヨーカドーでの待ち合わせとなると、信濃国分寺の八日堂だったりする場合もあるので、少し注意が必要だ(?)。
むしろ、上田のヨーカドーはアリオと呼ばれることが多いので、ヨーカドーと言われたら信濃国分寺のことを差しているだろう。
八日堂で待ち合わせというシチュエーション自体ないので、間違いようがないと言われればそれまでではあるのだが・・・。
ちなみに、待ち合わせと言えば、戦国時代の真田・徳川の会盟が行われた寺がここだということであるが、残念ながら、現在、その建物は残ってはいないとのことだ。
そんな信濃国分寺では、一月八日の大縁日に頒布される、蘇民将来符という木彫りの護符がとても有名である。
小さい蘇民将来符は、お守りなどと一緒に常時手に入れることが出来るようだから、観光土産にお勧めだ。
蘇民将来符の形は、三重塔のようでもあるので、この三重塔ツアー(?)の記念にもなるというものである。
さて、次に向かうべき三重塔は、いよいよ、国宝である大法寺三重塔である。
大法寺境内が位置しているのは青木村ではあるのだが、青木村は上田市との地続きで、その生活圏は上田市と一緒である。
国道143号を江古田を越えて少し進めば、そこはもう大法寺のある青木村となる。
この三重塔は、和様三重塔の代表的なものであり、三重塔としての様式美を知る上ではこれ以上ない存在であろう。
空間に溶け込んでいる様が絵画的であり、見れば見るほどに癖なるスタイルの三重塔である。
初重が大きく作られていることで、屋根がバランスよく美しく空間に広がり、その均整のとれたプロポーションを、旅人が何度も振り向いて眺めたことから、「見返りの塔」の別名を持っている。
和様の慎ましさにあふれ、庭園の花を主役にしながらも、背後にどっしりと控える姿は、几帳面にはめ込まれた平行垂木の厳かさとも相まって、実に荘重なたたずまいである。
斜面を登って背後にまわれば、三重塔を二重目あたりから眺めることも出来、視線を遠くに移せば、三重塔と同じ目線になって、青木村一帯を一望することも出来る。
創建は1333年というから、鎌倉幕府滅亡の年、そしてそれは、塩田北条氏滅亡の年でもある。
諏訪氏領や滋野氏領で、中先代の乱が準備されたであろう年に、この三重塔が建てられたとは、とても感慨深い。
桜の季節に行くのがもっとも風情があるのであろうが、時季を外してもこの塔の美しさが損なわれることはない。
桜の散ったころにさえずるのはオオルリであろうか。
国宝の塔を見たという感慨を、ひとしお高めてくれる声で啼いているのもよい。