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大規模災害における、社労士の役割(3)復興中期~後期

社会保険労務士の荻生清高です。

本項では、熊本地震、そして令和2年7月豪雨の復興支援に従事した社労士が、体験から得たものを共有します。

毎年のように各地で繰り返される台風・豪雨災害、そして近い将来見舞われる南海トラフ巨大地震・首都直下型地震において、社労士がどのような行動をとれば、人々を、そして事業を守ることができるのか。

ひとりの社労士の少ない経験ですが、何らかの役に立つことができれば幸いです。



これまでのまとめ

第1項では、大規模災害の発生直後における、社労士の役割を取り上げた。

また前項・第2項では、フェーズ2「復興支援」の前半における、社労士の役割を取り上げた。フェーズ2の前半では、雇用を守り人々の「なりわい」を守るための、雇用調整助成金を軸にした支援が主である。

ここまでの支援では、企業の復興に最も欠かせない「ヒト」を守ってきた。

このあとに必要なのが、被災した事業資産、社屋や設備の再建・復興である。ここからは補助金という、社労士にとって馴染みの薄いものを含むが、ついて来てもらいたい。


能登半島地震への適用が決まった「なりわい再建支援補助金」


今回、復興の決め手となる強力な措置が、能登半島地震の被害に適用されることとなったので、まず紹介したい。

 施設復旧への補助金は、2020年の7月豪雨で実施された「なりわい再建支援事業」を基にする。被災自治体の企業が対象で、工場や店舗、生産機械などを復旧させる場合の費用について、4分の3を補助する。

熊本日日新聞2024年1月23日
「中小企業復旧に最大15億円 能登地震支援の政府案」共同通信配信記事

今回、令和2年7月豪雨、いわゆる人吉豪雨に準じた支援が、行われることが決まった。

正式発表では、変わるかもしれないが、仮に人吉豪雨での「なりわい再建支援補助金」と同等であれば、以下の内容となる。

  • 復旧費用5億円までは、費用の全額を補助(補助率10分の10)

  • 復旧費用5億円を超えた部分は、費用の4分の3を補助(大企業は2分の1)

  • 残りの自己負担4分の1については、借入金に対する利子の全額を、最大3年間補給する措置あり

  • 熊本地震と異なり、グループを作らず、単独事業所への補助が可能

  • 条件を満たせば、新分野への進出費用も、補助の対象とできる
    例:新商品製造ラインへの転換、新商品・新サービスの開発、市場開拓調査、生産性向上のための設備導入、従業員確保のための宿舎整備 等。
    例えば、セルフレジの導入などを行った例があった。

正式決定は、これとは変わるかもしれないが、復旧費用の大部分を補助金で手当てでき、しかも融資の利子補給もある。極めて優遇された措置であることが、おわかり頂けるだろうか。

この「なりわい再建支援補助金」、およびその前身の「グループ補助金」が、フェーズ2「復興段階」中期から後期にかけ、事業の復興支援を行ううえで、第一の重要なツールとなる。

なお「なりわい再建支援補助金」の詳しい説明は、熊本県ホームページの「2.熊本県なりわい再建支援補助金の概要」に掲載されている。


社労士事務所が被災したら、どうすればよいか?


「なりわい再建支援補助金」および「グループ補助金」は、社労士事務所が被災したときにも活用できる。


熊本地震で被災した事務所を、再建した経験

私もかつて、グループ補助金で、当時の勤務先である社労士事務所を再建させた。補修費用が1千万円台半ばに及んだが、補助金で4分の3をカバーさせ、何とか立て直した。補助金がなかったら、どうなっていたかわからない。

そして、熊本地震当時のグループ補助金は、単独の会社では申請できなかった。名前の通り、複数の企業・経営者でグループを作り、申し込む必要があった。

そこで、被災した顧問先を募って、社労士事務所主導で復興グループを作り、勤務事務所と顧問先双方の、復興費用の補助金を申請した。


被災した顧問先を、ヒアリングしてわかったこと

被災した顧問先とグループを作るにあたり、担当していた顧問先全件に、被害状況の調査を行った。

そのときに、グループ補助金を知っていたかも確認した。
既にグループ補助金のことを知っていて、地元の金融機関や商工会など事業組合を通して、グループに入っていたところもあった。

一方で、「グループ補助金を知らなかった」「初めて聞いた」、「どこのグループにも入っていない」という顧問先が、およそ半数あった。

意外と高い割合で、復興に欠かせない支援措置の情報が、届いていない。
この事実は、私にとって衝撃だった。

商工会その他、事業組合のネットワークに、つながっていない経営者も多いし、またつながっていても、事業組合自体が被災し混乱していて、情報提供やフォローアップが追いつかない状況だった。

急いで他の担当者にも、現状確認と社労士復興グループへの加入を、呼びかけた覚えがある。


被災地の社労士に求められる「情報のハブ」と「支援の核」の役割

情報のネットワークにつながっていない事業主は、意外と多い。
このような事業主には、社労士が情報のハブとなって、支援情報を提供しなければならない。

また、時には情報提供にとどまらず、支援につなげなければならない場面もある。

社労士は、平時から顧問先とのネットワークを持っている。
災害時には、このネットワークを、そのままグループ補助金の復興支援グループとすることができる。

つまり、社労士事務所自らの復興と、事業主の復興、その両方を、費用面で支援できる。

実際に熊本地震では、社労士以外にも税理士や行政書士などの士業事務所が、グループを作って「グループ補助金」を申請していた。

士業と事業主とのネットワークが、重要なインフラであることが、おわかりいただけるだろうか。

今回、「なりわい再建支援補助金」となることで、グループ結成の制約も取り払われる。より使いやすい形での支援が、可能となる。


社労士も理解しておきたい「なりわい再建支援補助金」(旧・グループ補助金)の基本構造


ここで、歴史を遡って、グループ補助金の基本構造を説明しておく。
社労士の扱える助成金とは異なる制度だが、顧問先など事業主に説明できる程度には、理解しておきたい。

被災事業主の復興に欠かせないのが、グループ補助金である。

グループ補助金とは、被災事業主の施設・設備など事業用資産の復旧・復興に対し、補助金を出す制度である。

大前提として、災害においても、国や自治体は私企業に直接、公的資金を注入することは無い。被災した場合は、自らの内部留保と自助努力で、復旧させるのが原則である。

ただ、大規模災害においては、事業主の自助努力に任せると多くの企業が破たんし、被災にあえぐ地域経済・人々の生活に、とどめを刺しかねない。

そこで、被災事業主がグループを作り、そのグループが作った復興事業計画に対し、グループを構成する事業主に、復興支援の補助金を出す。
この建前で、被災企業に直接、公的資金による支援を行うのが、グループ補助金である。

熊本地震においては、被災企業の大部分が利用し、復興に極めて大きな貢献を果たした。私が当時勤めていた社労士事務所も、既述のとおり社屋が大きな被害を受けたが、このグループ補助金で補修し復旧している。

熊本地震においては、中小企業には復興費用の4分の3の支援が行われた(大企業は2分の1)。残り4分の1相当分は、無利子融資の特例も適用された。

グループ補助金の補助率や補助対象は、被災状況に応じて決められる。
例えば、同じ熊本の令和2年7月豪雨では、人吉地域を中心に甚大な被害が生じたが、この時に初めて、グループ補助金の発展形「なりわい再建支援補助金」が適用された。

「なりわい再建支援補助金」では、グループ設立の要件がなくなり、単独事業主での申請が可能となった。また、ここで初めて「定額補助」が導入された。この定額補助により、復興経費が5億円以内であれば補助率10分の10、つまり全額が補助されることになった(5億円を超える部分は4分の3の補助)。またパソコンや車両といった汎用性のある設備・機器も補助対象に認められるなど、大幅に拡充されている。

熊本地震と新型コロナ禍、そして豪雨災害の「三重苦」に見舞われた状況下の事例である。今回の能登半島地震でも、このときと同様の拡充が行われる見通しである。(追加:能登半島地震においても、令和2年7月豪雨と同等の「なりわい再建支援補助金」が適用された。定額補助その他拡充が行われている)


過去の災害に学べば、未来の支援措置を予測できる


今後起こる災害において、被災状況が極めて甚大となる場合は、今回と同様、あるいはさらに措置が拡充される可能性はある。

過去の災害での特例措置を調べておくと、今後の措置を予測することができる。このことは覚えておいてもらいたい。

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荻生 清高 | 社会保険労務士 荻生労務研究所 | 熊本市の特定社労士
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