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スマホや勤怠管理システムを導入すると「事業場外のみなし労働時間制」は適用できないのか?【協同組合グローブ事件ほか】

社会保険労務士の荻生清高です。
熊本と鹿児島で、労働判例研究会を開いています。

このnoteは、7月例会で協同組合グローブ事件を取り上げた後、当事件について執筆・提出した論考を、再編集したものです。

弊所は勤怠管理システム・デジタル化の導入支援を、基幹業務のひとつとしており、興味深い事例でした。まとめを共有しますので、参考にご覧ください。


事業場外のみなし労働時間制とは

事業場外のみなし労働時間制は、労働基準法38条の2に定められています。
労働者が労働時間の全部・一部を事業場外で業務に従事し「労働時間を算定し難いとき」は、実際に働いた時間によらず、所定労働時間など一定時間労働したものと、みなすことが認められています。

詳しい解説はこちらに載せていますので、今回は簡潔な説明に留めます。

事業場外のみなし労働時間制に関する裁判例

事業場外のみなし労働時間制の有効性について判断したのが、阪急トラベルサポート事件の最高裁判決です。

「労働基準法第38条の2第1項に規定する事業場外労働のみなし制を適用するためには、労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときであることを要する。そして、ここでいう労働時間を算定し難いときに当たるか否かについては、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときはその方法・内容や実施の態様・状況等を総合して、使用者において労働者が労働に従事した時間を把握することができるかどうかとの観点から判断することが相当である。」

阪急トラベルサポート事件(派遣添乗員・第2事件)・最高裁第二小法廷平成26年1月24日判決。太字筆者

事業場外のみなし労働時間制の適用判断については、この阪急トラベルサポート事件最高裁判決の基準が定着しており、下級審判決および労務管理においても重視されてきました。

しかし、携帯電話からスマートフォンに至る情報通信機器の技術革新、また勤怠管理システム・チャットツールなどの進歩により、事業場外でも使用者の指揮監督を及ぼす余地が、広まってきました。
労務管理の実務においては、事業場外のみなし労働時間制の適用範囲は極めて狭まったとの見解、またみなし制の適用の範囲が想定しにくいという見解 が、社労士の間では一般的であり、みなし制の活用に二の足を踏む例が多かったように思います。

2024年4月に出された、協同組合グローブ事件・最高裁判決は、この流れを修正し得る、重要な価値を持ちます。


下級審判決では判断が分かれていた


労働時間管理に情報通信機器やシステムを利用した場合において、ナック事件判決では以下の点を挙げ、事業場外のみなし労働時間制の適用を認めました(東京高裁平成30年6月21日、東京地判平成30年1月5日判決)。

  • 複数の都道府県にまたがる顧客への訪問営業を、主要な業務としていたこと

  • 訪問のスケジュールは上司が具体的に決定することはなく、営業担当社員が内勤社員とともに決定していたこと

  • 訪問のスケジュールはスケジュール管理ソフトで共有されていたが、上司が詳細を把握したり実際の訪問状況との異同を確認したりすることはなかったこと

  • 訪問の回数や時間は、営業担当社員の裁量的な判断に任されていたこと

  • 訪問後は携帯電話の電子メールや電話で結果が報告されていたが、出張報告書の書面の内容は簡易で、訪問状況が網羅的かつ具体的に報告されていたわけではなかったこと

  • 出張報告書の内容の客観的な確認は困難であり、訪問先の顧客に毎回照会することも非現実的であること

一方、セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件控訴審判決(東京高裁令和
4年11月16日判決)においては、勤怠管理システムの導入前は事業場外みなし労働時間制の適用を認めた一方、勤怠管理システム導入後は「労働時間を算定し難いとき」には該当しないとし、以下の理由で事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しています。

  • 本件システムの導入後は、始業時刻から終業時刻までの間に行った業務の内容や休憩時間を管理することができるよう、日報の提出を求めたり、週報の様式を改定したりすることが可能であること

  • 仮に打刻した始業時刻及び終業時刻の正確性やその間の労働実態などに疑問があるときには、貸与したスマートフォンを用いて、業務の遂行状況について、随時、上司に報告させたり上司から確認をしたりすることも可能であったこと

このように下級審判決においては、システムの管理実態も踏まえて結論を出しているナック事件の立場もあれば、システムを導入すれば他の資料と合わせて労働時間を算定できるとするセルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件の判断もあるなど、判断が分かれていました。
阪急トラベルサポート事件の判断を基準にしつつも、この具体的あてはめのブレが生じる事態が、みなし制の導入に二の足を踏ませているように思われます。


協同組合グローブ事件 裁判所の判断


地裁・高裁の判断

協同組合グローブ事件の最高裁判決は、みなし制の適用についての判断を整理するものとして、期待できます。

協同組合グローブ事件においては、被告会社は以下のツールで業務報告を行っていました。なお、原告労働者は被告会社に入社してから退職までの間、タイムカードに打刻をしたことはなく、①のキャリア業務日報のみ提出していました。

ちょっと見にくいですが列挙します。

① キャリア業務日報
・ 訪問先への直行の有無、始業時間、終業時間、休憩時間のほか、行き先、面談者及び内容とともにそれぞれの業務時間を記載
・ 支所長が、提出されたキャリア業務日報に明らかな誤りがないかどうか審査をし、確認印を押していた
・ Xはタイムカードに打刻をしたことはなく、キャリア日報のみを提出していた
② LINE
・ グループラインで、予定のやり取りや、訪問・巡回先の入退出の際に「イン」「アウト」などのメッセージを送信するやり取りをしていた
③ ホワイトボード
・ ホワイトボードの月間予定表に、職員ごとに訪問・巡回先の予定を記入していた
・ 時間は記入していなかった
④ 週間監理予定表 
・ 職員ごとに1週間分の予定を時間とともに記載させたもの
⑤ R-GROUP
・ 訪問等の予定を入力するスケジュールアプリ
⑥ 巡回記録書
・ 実習生を受け入れている実習実施者を月1回巡回した場合に、訪問日および時刻等を記載し提出していた

これらのツールで、事業場外の労働時間を管理できたかどうかについて、一審で裁判所は次のとおり示し、労働時間を把握することは困難としました。

  • ②グループLINEは訪問・巡回先の入退出時に「イン」「アウト」とメッセージを送信していたが、一時的な取組にとどまっていた

  • ③のホワイトボードについては、具体的な時間が記入されていない

  • ④の週間監理予定表は、時間が記載されているものの短期間の取組にとどまっている上、①のキャリア業務日報と業務内容が異なっており予定変更も認められ、これをもって労働時間を把握することは困難

  • ⑤のスケジュールアプリは、入力されたスケジュール通りに行動することが求められておらず、労働時間を把握することは困難である

一審判決においては、労働時間の管理システム・ツールの導入の有無だけにとどまらず、個別の事例ごとにシステム・ツールの運用実態を精査し、労働時間の把握ができるか否かを判断しています。

この判断姿勢は、筆者も支持します。

他方で一審は、①のキャリア業務日報の記載をもって、労働時間を把握できているとしました。

「原告の事業外労働では実習実施者や実習生などの第三者と接触する業務がほとんどであり、虚偽の記載をした場合にはそれが発覚する可能性が高く、実際に支所長が審査しており、業務の遂行等に疑問をもった場合、原告のほか、実習実施者や実習生などに確認することも可能であることなどからすると、同業務日報の記載についてある程度の正確性が担保されているものと評価することができる。」
「被告グローブでは、支給明細書上の残業時間の記載のほか、別紙「被告 労働時間算定表」における被告グローブの支払済み手当の残業時間等の計算を併せ見ると、被告グローブは、労働時間の一部が事業場外労働である場合には、キャリア業務日報に基づいて労働時間を把握した上で残業時間を算出していたことが認められる。そうすると、被告グローブ自身、キャリア業務日報に基づいて具体的な事業場外労働時間を把握していたものと評価せざるを得ない。」

協同組合グローブ事件・一審 熊本地裁令和4年5月17日判決

協同組合グローブ事件・一審判決は、キャリア業務日報の記載が正確であると評価した上で、「残業代を計算できているのであれば労働時間を把握できている」という、逆算からの認定を行っています。
そして、原告労働者が事業場外において従事する勤務の状況を具体的に把握することが困難だったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと判断。事業場外みなし労働時間制の適用を認めませんでした。

この判断に異を唱えたのが、最高裁です。


最高裁の判断

最高裁は以下の通り判断し、キャリア業務日報の正確性に疑問を示しました。そして、この業務日報のみを重視してみなし制の適用を否定した判決を破棄し、審理を高裁に差し戻しました。

 「原審は、被上告人が上告人に提出していた業務日報に関し、①その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、②上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。
 しかしながら、上記①ついては、単に業務の相手方に対して問合せるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記②についても、上告人は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ上告人が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、上告人が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。

協同組合グローブ事件・最高裁第3小法廷令和6年4月16日判決


最高裁判決の補足意見

最高裁判決には、補足意見が付されています。
この補足意見で、あらためて事例ごとに運用の実態を精査し、判断することが必要と、明確にしています。

 「もっとも、いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。
 こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。」

協同組合グローブ事件・林道晴裁判官補足意見 最高裁第3小法廷令和6年4月16日判決


運用実態を踏まえた、現実的な判断への道を開く判決


弊所でも、事業場外みなし制が適用され得る営業職において、勤怠管理システムを導入している事例があります。

理由は2つあります。ひとつは過重労働の防止の観点から、始業・終業及び業務時間を把握する必要があること、もう1つはみなし労働時間制を適用する場合であっても、時間外労働を算定できる場合は割増賃金を支払っており、その算定のためです。
使用者はこの双方を理解した上で、勤怠管理システムを前向きに導入しています。

一方で、特に顧客訪問型の営業職の場合、労働者に高い裁量を与えており、使用者が細かい指揮監督を及ぼしていない例が一般的です。これは勤怠管理システムを導入していても変わりません。

この状況下で、セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件控訴審判決が出て以後、勤怠管理システムを導入すると事業場外みなし労働時間制の適用を否定されかねず、システム整備に二の足を踏む状況が生じていました。

当該事件の判決文を読む限り、勤怠管理システムやツール・アプリを導入して、労働時間や業務の状況を把握し得る状況をつくり得たのであれば、「労働時間を算定し難いとき」にあたらないと解釈され得るものでした。
労務管理の技術革新を進める会社が、不利に陥りかねない不可解な状況を招いていましたが、協同組合グローブ事件最高裁判決および補足意見で、妥当な方向に修正されたと考えます。

最後に:社会保険労務士としての考え


1.社労士の価値は、今後ますます高まる

事業場外みなし労働時間制の可否について、あくまで個別の会社の状況を、客観的にみて判定するという立場を、最高裁は明確にしました。

個別の会社の状況を見極め、対応していく社会保険労務士(社労士)の役目は、今後更に重要度を増します。会社の状況に応じた、法適用の判断と環境整備ができる社労士の価値と役割は、今後高まっていきます。

また、勤怠管理システム、チャットを含むツールを使った労務管理の効率化は、ますます一般化しています。一方で、法的適合性や紛争リスクの極小化ができる形での導入は、システムベンダーや企業の担当者では難しいのが現状です。

事業場外のみなし労働時間制の適用要件を満たす形で、システムでの効率化をいかに実現するか。この分野でも、労務管理と裁判例の知見のある社労士の関与が、求められます。


2.労働者の自主性を尊重した、労務管理へのニーズが高まる

労働者の自主性を尊重した労務管理が、求められていると感じます。

スマートフォンをはじめ情報機器、および勤怠管理・コミュニケーションのツールは発展を続けており、AIなど新たなツールの開発も止まりません。

そして、このツールを活用した、テレワークなど「場所と時間の柔軟な働き方」が広がっています。

営業職員、そしてテレワークに従事する労働者について、労使双方から事業場外のみなし労働時間制の適用を求めるケースは、本件最高裁判決を踏まえて、今後より増えると思われます。

事業場外のみなし労働時間制の導入を検討する場面においては、使用者の厳密な管理を前提に制度を設計すると、むしろ労働者の自主的な活動を妨げ、結果として定着しないことが多いです。みなし制の否認リスクも高まります。使用者のマイクロマネジメントによる管理の在り方が、マクロマネジメントへ移っていく契機となるかもしれません。

もちろんこの動きは、労働者や社労士にも、意識の変革を迫ります。

労働者には制度の趣旨を理解し、自らの判断で業績をあげる自主性が求められます。そして社労士には、情報機器やシステムの発展、労務管理の技術と裁判例の変化を追い続ける自己変革と、使用者の労務管理に落とし込む技術の向上が、これまで以上に求められるでしょう。

最後までお読みいただき、有難うございました。


労働判例研究会は、今期の受講生を募集しております。

労働判例研究会では、今期の受講生を募集しています。次回9月例会は熊本市での開催です。

9月例会(熊本)※10月例会は鹿児島市での開催
日時:2024年9月14日(土)13:30-17時終了予定
場所:熊本市国際交流会館 4階第1会議室
課題:アルデバラン事件(横浜地裁令和3年2月18日判決)
   看護師における緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間該当性

参加ご希望の方、またはお話を聞いてみたい方は、こちらへお知らせください。資料の準備等ございますので、事前にお知らせください。
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皆様のご参加を、お待ち申し上げます。


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